ファーストペンギンの後に列はあるか③(全3回)
もう一つの例は、コロナ対策における「野戦病院」です。コロナ対策では和歌山県は奮闘していて、これだけは全国的に有名になりました。やっているうちに、段々と政府の言うことをただ聞いていてもだめだということが分かってきて、かなり独自の「和歌山方式」を追求して、何とかしのいできました。オミクロン株の大流行までは、必死のやりくりで感染者の全員入院を全国で唯一堅持していました。その結果、患者数、死者数ともに全国有数の少なさで推移していました。ところがそこへ降ってわいたのが感染力が桁違いのオミクロン株の大流行の兆しでした。このままでは全員入院が堅持できなくなり、結果として大流行と死者数の激増が止められなくなる恐れが出てきたのです。全員入院が不可能となり、感染者を自宅等に放置すると、病状急変に対応できないし、感染が爆発することも止められないので、何とか手はないものかと考えた時思いついたのが「野戦病院」です。病院ではないが、感染者を収容隔離してケアーをし、病状が悪化した人は速やかに病院に移し、そうでない人は人に感染する恐れがなくなるまではそこに留まってもらうという施設のことです。色々調べると、福井県に唯一、少し違うけれど類似の施設があるとのことでしたし、隣の大阪府も、和歌山県が考えているような「野戦病院」を検討しているらしいということも分かりました。私は、感染者を市中に放置せざるを得なくなったら感染の爆発を止められなくなり、その時は死者数もけた違いに増えるだろうと思って、この野戦病院構想には大いに乗っていました。しかし、野尻孝子技監をはじめ賢明な和歌山県庁の専門家グループと議論すると、彼らは反対だというのです。理由を聞くと、どんなに突貫工事をしても、この施設が完成するまでには相当な日数がかかり、我々が恐れているような感染の大爆発を止めることには役に立たない、ひょっとすると完成した時には流行の山を越えて、この施設は閑古鳥が鳴いているかもしれない。建設には莫大なお金がかかるし、人員の手当てもできる保証もない。そのお金の何分の1かで今ある施設の充実を図って、感染の爆発の結果ある割合で生ずる重症者のケアーを手厚くした方がよい、といったものでした。論理的です。私はそちらに舵を取りました。
この「野戦病院」は、大阪府の採用するところとなりました。吉村知事が大々的に発表しました。私も一時は心引かれたような斬新なアイデアですから、マスコミの脚光を浴びるところとなり、推進者の吉村大阪府知事は「野戦病院」の立役者としてマスコミで大いにもてはやされました。しかし、我々の分析通り、この施設の建設には時間がかかり、完成した時にはオミクロンの脅威もほとんどなくなっていて(流行のピークを越えたのに加えて、かなり弱毒化が進んだようです。)、私の記憶によると、実際の入所者数はほんの数人にとどまるという結果になりました。和歌山県は、調査結果をもとに、その建設の是非について皆で論理的な検討をした上で、この施設の建設は取りやめにしました。大阪府は、まずトップが作ると発表してしまいました。マスコミ的に言うと、和歌山県はちっとも面白くなく、大阪府は劇的で面白いので脚光を浴びるのは大阪府です。それに和歌山県の検討は内部的なものですから、和歌山県が大阪府の構想と同時期に同じ「野戦病院」を侃々諤々検討をしていたことなど絶対に報道はされません。実際には後に和歌山県の分析通りの展開が起ころうと、そのことが顕在化した時は、世の中の関心事ではもはやありません。結果として、莫大な費用をかけて作った施設がそれほど役には立たなかったなどと問題視する人もマスコミもいません。もっとも、私はあの時の吉村知事の決断と、その結果できた大阪府の「野戦病院」を批判しようとは思いません。少なくとも、大阪府民の命を救おうと熱心に取り組んでいたことは事実ですから。同じ財政力の豊かな地域のトップがあれほど真摯に取り組んでいた例はあるでしょうか。
話が少しそれましたが、大阪府が建設に突っ走った「野戦病院」は、和歌山県は十分調査し、分析をした結果、「パクる」ことはしませんでした。(正確に言うと、検討時期が同時だから、「パクる」というよりは同じ結論を出さなかっただけですが。)
和歌山県は、このようにファーストペンギンを大いにマークしていました。いいと思えば、列を作って後ろに付きました。しかし、私の経験から言うと、それは少数派で、地方自治体は本当に真似をしません。ファーストペンギンは常に孤独です。和歌山県も、これはファーストペンギンだよなと自負をしうる新しい政策を一杯生み出しています。知的所有権を主張するつもりはまったくなく、同じ日本人が裨益するのであれば大いに真似をしてもらえばいいと思っていたし、そう発言もしてきました。とはいえ、私のような地味な知事や和歌山県のようなちっぽけな県がそう言ってもまったく浸透しないので、その事項を主管する中央官庁にこういう思い付きをしましたが、とてもよかったと思いますので、政府から大いに指導して、他でも採用してもらったらいかがですかと進言したことも再三再四に及びました。例えば、洪水の危険が予想されるときに複合ダムの利水用の貯水を事前放水しておくこと、災害時の避難指示を行う任にある市町村長が指示を出すかどうかで悩まなくて済むようにあらかじめ避難指示を出すべき客観的数値を決めておくこと、政府が敷設した地震観測用の海底ケーブルセンサー、DoNetを使って、地震発生時に津波がいつどこまで来るかを計算して公表する津波予測システムなどがそうです。でも、国交省も防災庁もすぐには動いてくれなかったし、本当に「パクリ」をしようという自治体は稀でした。でも言っておくもので、毎年国交省や防災庁に行くたびに上記の提言をしていたら、ある時急に通達が来て、上記のうち初めの二つについては、全県に対して我々が提言していた方式を採用するようにという指導が来たことがありました。あれあれ今頃来たか。10年も前から和歌山県は実装していたのにねと部下と苦笑したことを思い出します。
地方自治体は真似をしないと言ってきましたが、私が16年間も知事を務めていた間には、数は少ないけれど、「パクリの仁坂」と同じように、ファーストペンギンの動向を気にしたり、あるいはお勧めがあった時に真摯に耳を傾けようとする知事がおられたことも事実です。ご本人にお断りをしてはいませんが、いいことなので、2つばかり勝手に紹介させてもらいます。
和歌山県は2011年秋未曽有の紀伊半島大水害を食らいました。その結果、その時必死で考え出した災害対策の極意のようなノウハウがとてもたくさん溜まりました。そうしたら、そのあとすぐに九州で少し規模が小さいが相当深刻な水害が起こりました。熊本県が一番ひどい状態であったので、時の樺島知事に次のように申し出ました。「深刻な災害からの復旧に必死で取り組んでおられることだと思いますが、和歌山県には、ちょっと前に起こった紀伊半島大水害の際の災害対策のノウハウがたくさん溜まっています。良かったら、その時に苦労して今でもたくさんのノウハウを覚えている職員を応援に派遣しましょうか。第一線の現に災害対策で走り回っている部隊に行って口出しをすると邪魔になるかも知れませんので、第二線の支援部隊にでも置いていただいたら役に立つと思いますよ。」 そうしたら樺島知事はぜひ頼むとおっしゃって、職員の派遣に至りました。後で派遣した職員から聞いてみると、ある時樺島知事ご自身からその職員にいくつか諮問があってお応えしたら、今度の災対本部で関係者全員にそのことを話してくれとご要請があったそうです。知事本人からご諮問を受け、災対本部でお話をさせてもらった職員は感激して報告をしてくれましたが、あの時の樺島知事率いる熊本県庁の立派な災害対策のほんの一部でも我々のノウハウが生かされたかもしれないと思うと、あのように申し出てよかったなあと思いました。もっとすごいのはそれからです。礼節を知る樺島知事は、その後皇居の新年の祝賀式などで私の姿を見ると、わざわざ寄ってきて大変ご丁重に感謝の言葉を述べられました。それも何度もです。その人柄に私の方が感激を覚えました。
もう一人のファーストペンギンを知る人は愛媛県の中村知事です。かねてから、この人はなかなかやり手だなあと私も一目置いていたのですが、私が知事をやめるという公表をすると、すぐ中村知事からご連絡があり、「最近の和歌山県はどんどんヒットを飛ばしているのでいつも感服しているが、あなたが辞める前にぜひその秘密を教えてもらいたい。私は今知事選挙を控えているが、それが終わったら速やかに和歌山県を訪問するので、ぜひあなたご本人からお話が聞きたい。」とのことでした。私は大歓迎ですから、退職直前でしたが、和歌山県の誇るマリーナシティで昼食にご招待して、中村さんの御関心について何から何までご説明をしました。その中では、和歌山県が最近ミカンで愛媛県を凌駕しているのは愛媛県の真似をしたからですよなどとご説明しましたし、そのうえで、とはいえ、晩柑を加えると、柑橘全体では愛媛県の牙城は揺るがせてはいないのです。特に愛媛県の農業関係の研究所の品種改良技術は素晴らしく、私は和歌山県の研究所に愛媛県を見習えといつもはっぱをかけているんですよ。」などと付言しておきました。その後、中村さんは、和歌山県が実質的に発明したワーケーションの実態を勉強するためにワーケーション発祥の地である白浜を視察する等色々とお勉強をして帰られました。中村さんのお勉強を県庁を上げてご案内をしたことは言うまでもありません。
こういう例外的な立派な方々もいるけれど、一般的には真似をしない地方自治体を刺激して、ある地域で成功している政策の恩恵をどうやって国民みんなにもたらすか、それは大変難しい問題だと思います。ファーストペンギンメカニズムが発現するためにはどうしたらよいか。色々考えたけれど、どれも現実には機能しそうにありません。当分は、その分野分野で野口さんのような影響力のある人がしつこく言い続けるしかないということになりそうです。もっと言えば、野口さんのような識者に重荷を負わせるだけではなく、我々全員が大いに関心を持ち、それを忘れず、しつこく行政に注文を出し続けるしかないのではないかというのがとりあえずの意見です。
野口さんも上記引用に続けてこう言っています。「『変わる時には変わる』のだ。それまであの手この手で時には揺さぶりながら訴え続けること。そう『動かぬ山はない』のだと信じて。」