渡辺修さんの思い出

 通産省(経済産業省)の先輩に渡辺修さんという方がおられます。事務次官で退官後、ジェトロの理事長や石油資源開発(株)の代表取締役社長などを歴任されました。私が輸入課長の時上司の貿易局長で、何度窮地を救ってもらったか分からないぐらい面倒を見てもらいましたが、どこにおられても頼りになる先輩で、心から尊敬しています。人柄も好かれるので、官界はもとより、政界、財界、マスコミと多くの知己がいて、そのせいか日経新聞の夕刊のコラム「あすへの話題」に2008年に連載で書いておられました。それをまとめた本から、改めてずっと読み直してみたのですが、その中でこれまた改めて心に響くものがありました。

 2008年2月21日の「おしん、竹下、隆の里」という文章ですが、いずれも「我慢の人」で、その意義を述べているのですが、その中で竹下首相がレーガン大統領と初の首脳会談に臨む時の話が出てきます。竹下首相も友人がいっぱいいて、その方々が首脳会談に関して色々アドバイスをしてくれるわけですが、竹下首相は、たとえ先に聞いた話と同じ内容でも、忙しい中耳を傾けるのだそうです。当時首相秘書官であった渡辺さんが、後で「内容が同じようなものだったので、日程立て込む折から早めに切り上げてもよろしかったのでは」と言われた時竹下さんは、こう淡々と言われたそうです。

 『官邸に来る人は、皆、こんな情報はもう総理の耳に入っているのではないか、行くのを止めようかと迷いながら来るものなのだ。そこで自分がその話は聞いていると言ったら彼は二度と来なくなるだろう。だが彼は将来、自分の知らない貴重な情報を持って来てくれるかもしれない。自分にとって大事なのは彼が引き続き来てくれることなんだ。その為にどうすればいいか、自分が我慢して彼の話を聞けばいいんだよ』

 渡辺さんもこれを聞いて「自分の浅慮を恥じた。この言葉を座右の銘にしているが、自分は反省することばかりだ。」と書いておられました。私から見ると渡辺さんは、実に懐の深い人で、ちょっとどうかという話もにこにこしながらどんどん聞いて議論してくれたという思いがあります。
 私も心がけとしては、外部の人でも、県の人でも言ってくれることはちゃんと聞こう、聞いた上で、理由付きで評価を返そうと思っているのですが、同じ事を何度も言われたり、本質的な話の前のそもそも論を長々と言われたりすると、我慢が出来ず、「もう分かっている」とか「この間聞いた」とか遮ってしまうことが往々にしてあります。竹下さんの我慢の域はおろか渡辺さんの域にもまったく達していません。
 またまた大いに反省して、我慢の道に励み、よく聞かねばと思いました。