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仁坂吉伸の思い

和を以て貴しとなす

2015年01月26日

 メタンハイドレートの賦存調査で御協力を願っている青山繁晴さんがまた本を書かれました。「ぼくらの真実」といいます。その中で青山さんは、私達は民主主義を戦後米国に教わったというように教育されたが、日本こそずっと昔から民主主義の中に生きてきた。その証拠は仁徳天皇の「民のかまど」と聖徳太子の十七条の憲法の「和を以て貴しとなす」だと書いています。そのとおりだと思いますが、「和を以て貴しとなす」は、コンセンサスが何よりも大事だという事を表している反面、皆がすぐ画一的、同一的思考になるという意味でマイナスの面もあると指摘する人もあり、私もそう思っていました。
 しかし、今回のこの本で恥ずかしながら、私の浅学無知が露呈いたしました。この「和を以て貴しとなす」は十七条の憲法の第一条で、これは終わりの第十七条と呼応しているというのです。十七条には青山さんの名現代訳によると、「物事は一人で判断してはいけません。必ず皆で論議して判断しなさい。些細なことであれば必ずしも皆で論議せずともよい。ただ重大事を議論する時には、誤った判断になる恐れを知り、皆で考えれば理にかなう結論を得られるだろう」(青山さん、勝手に引用しましてすみません。)と書かれてあります。なるほど、そうだったのか。だから、五箇条の御誓文にも「万機公論に決すべし」と書いてあるのだと思いました。

 私は、コンセンサスを何よりも大事にする人です。ですからいわゆる根回しも熱心にやります。しかし、その時は、案件が何故そうでなければならないか、その根拠、理由は何か、自分で考えて納得してからそうします。いわゆる「風」がそうだから、「空気」がそうだからというのは大嫌いです。

 どうも日本では、「そこはかとない空気」に支配されて、少数と思われる意見や反対意見を述べたりすることがはばかられる雰囲気があると思います。しかも、昔は井戸端会議、今はマスコミの力によって、「世論」が決められると後はそれに逆らうと立場を損なうというような雰囲気があります。一旦「世論」が出来、流れが決まると、皆それが当たり前、当然の真実のように思い込んでしまって、ほんまかいなとか、何故そうなのかを問うことをしなくなる傾向があります。特に、首長のように選挙で選ばれている人や、公務員のような多くの人の批判にさらされている人は、流れに逆らって疑念を呈したり反対意見を言ったりすることに極めて臆病になります。私は、これがとても嫌いですから、言いたい事を言って、「空気を読めない奴だ、K.Y.だ」とよく言われてきました。このような風潮は、マスコミによって助長されます。なぜならば、マスコミは、やはり視聴率を取りたいですから、「空気」に逆らう人を登場させると多数の視聴者に嫌われると思うからでしょうか、「空気」に沿って発言する人をよく登用しがちだからです。見たり、読んだりしている人は、かくて「空気」が真実であるかのような錯覚に陥るのです。

 一例を挙げましょう。オスプレイです。私はかつてマスコミからオスプレイ反対派No.1知事とされていたようです。オスプレイが和歌山県上空で国や県の了解もなく訓練を行うと発表した米国に対して、いち早く不快の念を表明したからです。その後、オスプレイが話題になるごとに、マスコミがこぞって、いわゆるぶら下がり取材をしたいと言ってきたのです。質問は「オスプレイは危ないからあなたは反対なのでしょうね」ということです。私はオスプレイは大型ヘリコプターに対して危ないとは全く思っていません。どうもCH47とかに比べてもより安全度が高いのではないかと思う材料も持っています。だから「私は、日本の安保体制の現状もある程度知っているから、米軍が勝手に訓練をするのを法的に禁止できないことも知っているけれど、やはり、県の代表として、米軍が県の上空をこちらに断りもせずに飛び回るというのは不愉快であることに変わりはない」と言う一方、「私はオスプレイは特に危険だとは思っていない。そりゃあ航空機の一種だから何がしかのリスクはあるだろうが、他の飛行機より危ないとは全く思っていない。そもそもどうしてオスプレイが危ないと思うのか」などと言い続けました。そうしたら3回ほどしたら取材要求が来なくなりました。マスコミがお好みの「オスプレイは危ないから反対だ」に合った意見を私が言う人でないと判断したからでしょう。もちろん米軍のオスプレイが災害救助に来てくれるのは大変ありがたいことだし、そのために県の防災訓練に参加してくれるのは大歓迎です。その場合は、県民の命を救うために、かつあらかじめ県に断って来てくれるのですから。

 この辺の理屈をよく分からない人が、あんなにオスプレイに反対していた知事がオスプレイ歓迎というのはどういう訳ですか、と聞いてきたことがありましたが、懇切丁寧に説明したところ、二度と聞かれることはなくなりました。

 しかし、和歌山での報道はともかく、全国での報道はオスプレイ反対だなと思うと、わっと取材が来て報じられるが、歓迎かと思うと取材もあまり来ないし、少なくとも全国に報じられることはほとんどありません。客観的な真実に反して、まだマスコミでは「オスプレイは危ない。反対だ。」という方の風がよけい吹いているのでしょう。

 余談が過ぎましたが、県政が「そこはかとない空気」に支配され、皆がそう思っているからそうだという考えに浸ってしまってはろくな事はありません。「和を以て貴しとなす」は、最後は、皆が納得するようなコンセンサスで決するとしても、まずは大事なことはよく議論しないといけません。
 
 最近これはおかしいのではないかと指摘して、何故そう判断し、そう行動しているのかと聞いたところ「知事がそう思っておられると思いまして」という答えを聞くことが何度かありました。これはいけません。十七条の憲法にも反しますし、民主主義にも反します。また、「民のかまど」にも反します。「民のかまど」が一番大事なのだから、県民の幸せのためには何をどうしたらよいか、まず事実を調べ、対応策の理屈を詰めてみなければいけません。「皆がそう思っているからです」もダメなら、「ボスがそうしたいのでしょう」ももっとダメです。

 万機公論に決しましょう。

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