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仁坂吉伸の思い

反大勢

2015年07月27日

 「日本人に生まれて、まあよかった」という本があります。私もかねがねそう思っているものですから、題名に引かれて買ったのですが、著者は平川祐弘さん。比較文化史の大家で、「和魂洋才の系譜」など素晴らしい業績のある方で、知の達人というべき人です。私は教養学部時代にゼミでご指導を願って以来、心から尊敬申し上げています。
 その前書きの所に「私がその時事の分野で述べた意見は、三十代の昔から八十代の今日に至るまで『反体制』でなく『反大勢』でした。」と書かれてあり、先生らしくうまい事を言うなあと苦笑しました。しかし、本当は苦笑どころではなく、職業生活、社会生活をする際、この「反大勢」でいる事は容易ではないのです。日本では特にそうだと思いますが、マスコミのその時々の論調などで、いわゆる「世論」の「大勢」が決まってしまいますと、それに逆らう事はおおいに勇気がいります。「大勢」にのっかっている人からは、おおいに迫害を受けるからです。私のように選挙で選ばれている人は、一般には人気を気にしますから、特にそのように感じられます。
 安保反対も、道州制も、「コンクリートから人へ」も、出先機関移転も、政権交代も、地球環境も、反原発も、規制緩和も、特定秘密保護法も、集団的自衛権も、「大勢」になったと見るや、そういう論陣を張る人だけがメディアに登場し、大方の人々は、「大勢」に反する不利益を感じてか、黙ってしまったり、たまに「反大勢」の意見を吐く人も、あまりメディアに取り上げてもらえなくなります。
 私は大抵の場合、このような「大勢」の中には尊重すべき論拠があると思います。しかし同時に、ほとんどの「大勢」には、それを追求していく事で生じる不都合な副作用があります。そして、時にはその副作用こそが耐え難い現実となって我々に襲いかかってくる事もあるのです。したがって、「大勢」が報じられたとしても我々は常に「ほんまかいな」「それでええんやろか」と考える事が必要であると思います。私のように和歌山県のあらゆる事に責任を持たなければならない人は、特にこのような事をよくわきまえて、時には「反大勢」になろうとも、言うべき事は言い、行うべき事は行わないといけないと思います。それは、いずれ、一時の大勢の熱情が冷めた時、歴史と人々によってその是非の審判が下されるはずです。それが「和歌山に生まれて、まあよかった」と県民の方々に思ってもらえる唯一の道であると思います。

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