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仁坂吉伸の思い

夢は途中

2015年12月07日

和歌山には、才能がとってもある(と私は思う)のに、和歌山にこだわって和歌山でだけ音楽活動をしているアーティストの人がたくさんいます。和歌山の人は知る人ぞ知るでファンも多いのですが、マスコミなどには中々乗りにくいので、全国的知名度は中々上がりません。ウインズの平阪さんや亀岡さんは顔も良いので、大ブレイクしていたかもしれません。そんな中にTONPEIさんがいます。「夢は途中」という歌をどこかの懇親会で聞いてすっかり感動しました。

 

そんな中、去る11月17日大阪でベストプロデュース賞の授賞式がありまして、今年は、開創1200年であんなにうまくおまつりをされた高野山が選ばれました。

私も少し推薦をしたものですので、出席依頼があったので、出かけたところ、急に主催者の日本生活文化推進協議会から何かしゃべれ、タイトルは「夢」にせよという依頼を受けました。何せ6月に分不相応なベストプラウドファーザー賞をもらったもので、断れません。タイトルがタイトルなのであんまりダサイお話をしたら和歌山の恥だということで、ウンウン言って考えて、お話ししたのが下記の通りです。10分間ぐらいの短いスピーチなので全文お届けします。

 

なぜ私が、ここにいるのか。金住理事長が是非講演するよう言われたからです。

なぜかと言うと、6月に、これまでで一番分不相応な賞「ベスト・プラウド・ファーザー賞」を受賞したからです。

そして、今日、御三方が「ベスト・プロデュース賞」を受賞されました。皆さんは、実は和歌山に関係がありまして、それも私が登場した理由なのかなと勝手に思っています。

まず、高野山は和歌山県にございまして、今年、開創1200年を迎えています。そのプロデュース力は素晴らしく、全国の方々に認められて、一段と人気を誇っています。

それから、9月末から10月にかけて「紀の国わかやま国体」があり、その開会式に会場の上空を飛んでいただいたのが、先程ビデオで紹介がありました「ブルーインパルス」の方々です。ありがとうございました。

さらに、開会式に先立って、式典前演技があり、そのナレーションをしていただいたのが、本日ご受賞された宝塚歌劇団で活躍された「天翔(あまと)りいら」さんです。

 

今日いただいたテーマは「夢」です。とても難しいテーマですが、精一杯背伸びして申しあげます。

まず最初に紹介したい歌があります。和歌山県にこだわって音楽活動されている歌手の方で、TONPEIさんといいますが、詩が気に入っていっておりまして、題名は「夢は途中」といいます。

歌詞を、読み上げさせていただきます。

 

遠い遠い昔に誓った夢があった

そんな想いに目を伏せて毎日をただ進んできた

あきらめたその時に夢は終わるものだと

知らないワケじゃないけど勇気がなかったんだ

今日も がんばれ がんばれ そう言いきかせて

果てしない道を さあ 歩いていこう

失いかけた未来を走り出したこの道も

この身が朽ち果てるその時まで

夢はまだ途中

 

さて、高野山の添田総長からの受け売りですが、空海の夢は「衆生を救う」、全ての方々を救うということだったと思います。

お大師様は、修行をされて、ある時、啓示を受けました。その啓示は、「谷響きを惜まず、明星来影す」つまり、空海さんに明星が入ってきたということだそうです。悟ったということです。

空海さんは、その後、唐へ渡り、あっという間に真言密教の一番偉い恵果さんから全てを譲られます。普通は考えられないですが、空海さんは既に悟っていたのであろう。そしてそれを恵果さんは見抜いたんであろうと。

では、なぜ唐へ行ったかというと、自分が受けた啓示をきちんと人に伝える言葉がなかった。その言葉を求めて空海さんは唐に行かれて、直ちに恵果さんに見いだされて、言葉を全て体得して高野山に戻られたであろうということです。

その空海さんが活躍され、ご入定される少し前に、残された言葉があります。「虚に盡き、衆生盡き、涅槃盡きなば、我が願いも盡きなん」。人間だけじゃなくこの世の中の全てを救ってしまったら、我が願いが尽きる。逆にいうと願いはまだまだ尽きていない。だから入定してずっと願い続けるというのが高野山であります。まさに夢はまだ途中なのです。

同じような話がたくさんあります。豊臣秀吉、太閤さんですね。この大阪ではとんでもなく人気だと思いますが、お亡くなりなるときの歌がございます。

 

「露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢」

 

あれだけ力を得て、日本を統一された太閤さんが「まだまだ夢のまた夢だ」とそういう風に言っておられる。

 

また、同じような話が松尾芭蕉の句にあります。お亡くなりになる直前に詠んだ句ですが、

 

「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」ということでございます。

 

両者に共通だと私が思いますのは、夢は途中だということです。

 

夢は、簡単に言うと願いとか、希望だとか、あるいは人生の目的とか、といったものになると思いますが、それは簡単に達成されて、はい終わりということではなく、ある程度頑張ったら、もっと先にそれがあって、ずっと追いかけながら、人生はいつも「夢はまだ途中」ということではないかと思う次第です。

 

私も9年前に和歌山県知事を引き受けさせていただきました。

私は和歌山生まれでございますが、当時、和歌山は経済成長から取り残されていたり、インフラの整備が中々進んでいなかったり、汚職とか思わしくないこともあって、評判が悪かったのです。

これを何とか勢いを立て直す、私の夢でございます。

我が栄光の和歌山が少し傷んでいたのです。その痛みを治して、「まいったか」と言えるような和歌山にしたいと思ってずっと頑張ってまいりました。

例えば、汚職の基であった「入札改革」をしました。もう構造的に同じことが起こらないことになっています。

それから、潰れかけていた財政を立て直しました。なぜできたかというと、約10%の職員の数を少なくしました。給料カットすれば簡単ですが、和歌山の経済が無茶苦茶になると思い、職員を減らし、みんなもっと働こうとやりました。

遅れていたインフラは、この国体の前に整備されてまいりました。

産業も盛んにしないと雇用が増えませんから、企業誘致も一所懸命やって、かつての通産省であったような産業政策を整備して、「さあ頑張れ」といってやってもらいました。

観光客の伸びは近年著しくて、この夏から秋にかけての宿泊のネット予約の伸び率が日本一でございます。新幹線の北陸を押さえての1位ですが、まだまだ伸び率であります。

それから、続いてきた不況下でしたが、その中で有効求人倍率は、ごく最近は大阪府に負けていますが、ここ数年間近畿地方ではずっとトップでした。

例えば、危険ドラッグについても、いろいろ制度を使って、和歌山だけは悪い奴が逃げていくような状況にしました。

また、頭を使って廃墟のようになった住宅を片づける制度を作ったり、いろんなことをしておりますし、県庁の職員も大勢の若手の人間を海外に出して、外国語を勉強させて、いまや海外に営業活動にいけるようになりました。

防災対策も、紀伊半島大水害という大変な傷手を受けましたが、東日本大震災の教訓も得て、今は防災対策は日本でも有数のものがあると思っています。

 

ただ、それでもまだまだ和歌山が本当の意味で、県勢が立ち直ったとはあまり思いません。

その間、全ての面に心を配って、東奔西走をしないといけないのが当分の務めでございます。

身を粉にして働かなければならない。あまり遊んでいる暇がない。いつも夢は途中なのです。

いつも思うのは、例えるのも少し生意気かもしれませんが、初代ローマ皇帝でありますアウグストゥスが働きずくめに働きました。それから、辻邦生さんが描く「背教者ユリアヌス」も働きずくめに働きました。

ああいう風に働き続けないと、私のポジションは全うできないなと思っています。

 

しかし、問題は全て「ベスト・プラウド・ファーザー」を続けることができるのかなあということでございます。あまり家族のことをちゃんとケアしておりません。しかし、家族みんながそれぞれ頑張ってくれています。

ひとつだけとても嬉しかったのは、この6月に「ベスト・プラウド・ファーザー賞」をもらったときに、恐縮している私の前で、私の家内が「ベスト・ハズバンドですよ。」と小さな声で金住理事長に言ってくれました。それだけが心の支えでございます。

 

夢はいつも途中であります。ありがとうございました。

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