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仁坂吉伸の思い

お燈まつり

2016年02月08日

2月6日はお燈まつりの日です。私は全国でたくさんのお祭りがありますが、これは間違いなく上位に入るすばらしいお祭りだと思います。あんまりそう思っているので、色々と宣伝をいたしましたら、県外の有名人なども楽しんで参加をしてくれるようになりました。私も今まで3回参加をし、自分で登らなかった時もほとんど新宮まで出かけて、登ってこられた人々を御慰労し、副知事が作ってくれた猪鍋と田岡市長が作ってくれたうどんを食べさせてもらいました。
今年も是非行こうと誘われていて、OKと予定を入れておりましたところ、奈良県がお膳立てをしてくれる記紀シンポジウム(「古代歴史文化賞」記念シンポジウム)が東京で行われることになりまして、キャンセルするに至りました。古事記、日本書紀に関して何でも良いので自分の県についてPRさせてやるということで、奈良県のほか、島根、宮崎、三重の各県の知事がそれぞれ記紀をモチーフに自県のPRをいたします。和歌山県も古事記、日本書紀には関係が深いので、一回目は神武東征と和歌山の話を、二回目は岩橋千塚古墳と日前宮、そして古代における紀氏の存在についてお話をいたしました。お燈まつりに行って神倉山に登るのは私一人の幸せですが、和歌山県のPRをするのは、全ての和歌山県民の皆さんの利益になる事ですので、記紀シンポジウムに出席したのですが、どうせ出席するのなら、2月6日のお燈まつりの当日のことだから、お燈まつりの宣伝を東京でやってやれと思いました。でも古事記、日本書紀とお燈まつりがどう関係するか、実は大いに関係があるのです。以下記紀シンポジウムで私が話した内容です。

今日は2月6日でございますが、何の日でしょうか?
今日は実はお燈まつりの日なんです。お燈まつりというのは、新宮市に神倉神社というのがありまして、山上で、松明に火をつけて、一斉に競走で階段を駈け下ってくる。しかもそれは男の人しかいけません。下に降りると、女の人が待ち構えていて、その年のチャンピオン、英雄が生まれ、まぁ、その他いろいろな恋が生まれる、とこういうことになっています。この祭りは私も大好きで、もう三回参加しました。今年も行こうと思っていたらこのシンポジウムに呼んでいただいたので、この神倉神社のお燈まつりをPRせないかんと思って、ここへ駆けつけた次第です。
また同じく新宮市で行われている御船祭りというのがあります。熊野川の島のまわりを競漕して回る、というお祭りです。
この二つの祭りは、今年の1月15日に文化審議会で国の重要無形文化財にしてあげようと決まったそうです。そういう記念の年でもあるので、それを申し上げようと思った次第です。
まずお燈まつりをちょっとお見せいたします。(写真で説明)この真ん中の方に白装束のちょっと怪しげな、クー・クラックス・クランのような集団がございます。この方々がまず町を練り歩きます。ここでは厳密に衣装が決められていて、全部木綿です。化繊を着ていると燃えるんです。ですから必ず木綿を着ることになっています。この左にあるような檜でできた松明ですが、この先に檜の削りカスがついていて、これを燃やすということになってます。神倉神社の、このゴトビキ岩の下に境内があり、そこへ上るんですが、その前に、熊野速玉神社や阿須賀神社などにお参りをして、身を清め、「頼むでー」と言って、お互いに松明をコンコンっと叩きあって、酔っ払ってますからたまにはこれで本気になって殴り合いをするやつが昔はいたようですが、最近はあまりありません。次々お願いしながらこうやって上がってまいります。鳥居のところにだいたい2000人が三々五々集まってまいります。
午後7時ぐらいには、ここに集まって来てぎゅうぎゅう詰めになるのです。しばらくすると鳥居のところの扉が閉められます。一斉に駆けおりるための準備です。そこで、俺が先に行く!と、いや俺だ!と言って、ちょっと殴り合いが始まったりいたします。そこで、大松明が登場いたしまして、各自の松明に火が一斉につきます。私も参加しましたが、一瞬、これは自分が燃えてしまうんじゃないかというぐらいに、もうカンカンに熱くて、前の人なんて木綿の衣が焼けてきましたので、私が指で捻り潰して消してあげたり、いろんなことがおこります。ただこの松明の大きさというのはちゃんと経験で作られていて、これがあと数センチ大きかったらきっと誰か死ぬだろうと思います。ちょうど上手い具合に消えてくる時に開門、スタートしてブワーっと降りてくるわけです。それが「下り竜」、竜が下っているように見えるということで、カメラマンの人がみんな狙っています。私なんかは走りませんで、走ったらあっという間に首の骨が折れそうなので、後でのこのこ降りてくるんですが、下の方に行くと女の方々が待っていて一番初めに到着した人も含めて大歓迎してくれるということです。
実は那智にはもう一つの火祭りがありまして、それは那智の扇祭りと言いますが、その中に火祭りがあって、これが「那智の火祭り」でございます。また、ユネスコの無形文化遺産になってる那智の田楽も催されます。じゃあ熊野になんでこんな火祭りが多いのかなあ、ということを考えますと、これは記紀に結びつきます。先ほども出てきましたがイザナミのミコトがお亡くなりになりましたけれども、そのイザナミのミコトと、それから火の神カグツチさんが、花窟神社、これは三重県にありますけれども、そこに祀られてる。それで、地上に広まった血の汚れ、死の汚れ、それを火をもって清めるという考えが、やっぱりあったんじゃないか、というふうにも思われます。那智の火祭りについては、さらに火は蘇り、あるいはそれによって農業の豊穣を祝うということでもありますので、それで田楽がくっついている、ということではないかと思います。
しかし、実はこれは記紀にものすごく結びついた話なんでございます。和歌山県は、宮崎県から奈良県に神武天皇をお届けした県であります。大阪から行こうとしたら、ナガスネヒコというのが出てきて邪魔をいたしまして、神武天皇の、ご長兄ですね、お兄様の五瀬命が傷つき、この方は和歌山市の竈山神社というところに御陵があって、葬られていらっしゃいます。海沿いにずーっと回ってまいりまして、那智勝浦町と新宮市の間ぐらいに上陸なさったようでございます。記紀によりますと、佐野というところに上陸して、これはあの新宮市に佐野という地名があります。さらに三輪を経て、これ三輪崎というところがあるんですけれど、そこを経てこの神倉山のゴトビキ岩を目指された。そこへ、天照大御神とかタカミムスヒノカミから遣わされた宝剣である、布都御魂を持たれた高倉下がやってきて、それでお助けをして松明で山へ導かれたと記されています。実はこのときの様子を祀っているお祭りなんでございます。したがって、我々はですね、このクー・クラックス・クランみたいな恰好をして松明に火をつけて一等賞!とかやってますけれども、これは深く深く日本の神話に結びついたお祭りなんであるということを申し上げるために今日まいりました。有難うございました。

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