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仁坂吉伸の思い

がんばれワールドカップ日本代表チーム

2018年06月05日

 いよいよ6月14日からロシアを舞台にサッカーのワールドカップが開幕します。各地で予選を勝ち抜いた32チームがロシアの各地で熱闘を繰り広げるわけです。日本チームは6月19日コロンビア、6月24日セネガル、6月28日ポーランドといずれも強そうなチームと戦い、上位2チームが決勝トーナメントに進めるわけであります。
 そんな中、5月11日、12日、日本サッカー協会の田嶋幸三会長が日本チームの必勝祈願のために熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社、那智山青岸渡寺)を訪問されました。必勝祈願というとどこの神社でもお寺でも良さそうですが、実はサッカーに関する限り、熊野三山でないと意味はないのであります。何故熊野三山かと言うと、それは日本のサッカーの発祥にまつわる深い物語があるのです。さらにそれは、あのJAPANのユニホームの胸のところにあるマークとも関連があります。胸のマーク、そして日本サッカー協会のマークは、三本脚のカラス、そう、熊野の八咫烏なのであります。

 日本の創成期、神武東征の際、一行は大和平野、奈良を目指しますが、大阪で長髄彦(ナガスネヒコ)の抵抗にあい、兄の彦五瀬命(ひこいつせのみこと)を失います。(彦五瀬命の御陵は、命の息を引きとられた和歌山市の竈山神社にあります)、その後南下して熊野の地に上陸し、そこから北上して大和平野を目指すのですが、その時に神の遣いとして、一行を案内したのが3本足のカラス、八咫烏なのであります。以来八咫烏は熊野三山の守り神として、熊野牛王(ごおう)神符のデザインになったりして日本中に知られるようになりましたが、その八咫烏が日本サッカー協会のマークになったのには、さらにもう一つの物語があります。

 まだ日本にサッカーが根付いていない明治の頃、和歌山県の那智勝浦町出身で中村覚之助という人がいました。中村覚之助は東京高等師範学校に進学しますが、そこでサッカーに巡り会い、教本を和訳したり、日本人チームを作って、当時横浜などに居留していた外国人チームとサッカーの試合をしたりします。すなわち日本サッカーの父が中村覚之助なのであります。
 そこから、中村覚之助の故郷熊野三山のシンボル八咫烏が日本サッカー協会のマークに取り入れられたものだと思われます。従って、必勝祈願は、熊野三山でないといけません。かつても日本チームがワールドカップなどで頑張るぞという時には日本サッカー協会の重鎮が必勝祈願に来てくれていました。なでしこジャパンがワールドカップで見事優勝をした時は、澤穂希主将も一緒に見えたと記憶しています。澤さんの偉いのは、見事優勝を果たした後、お一人でお礼参りにもう一度おいでになったことです。

 今全国のサッカーファンが、ロシアワールドカップにおける日本チームの活躍を期待して胸をときめかせています。全国のサッカーファンの皆様、時は今であります。皆様の思いを熊野三山にお届け下さい。
 八咫烏とともに日本チームの必勝を祈願しましょう。

※ 熊野三山
・熊野本宮大社   〒647-1731 田辺市本宮町本宮1110  TEL 0735-42-0009
                http://www.hongutaisha.jp/
・熊野速玉大社   〒647-0081 新宮市新宮1番地  TEL 0735-22-2533
                http://kumanohayatama.jp/
・熊野那智大社    〒649-5301 東牟婁郡那智勝浦町那智山1番地 TEL 0735-55-0321 
                http://kumanonachitaisha.or.jp/
・那智山青岸渡寺  〒649-5301 東牟婁郡那智勝浦町那智山8番地 TEL 0735-55-0401
                http://www.nachikan.jp/kumano/seigantoji/
                (那智勝浦町観光協会)

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