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仁坂吉伸の思い

君達は世界の希望だ(その1)

2018年11月02日

 2018年10月31日と11月1日の両日、和歌山市で「世界津波の日」2018高校生サミットin和歌山が開かれました。世界中から約250人、和歌山県はもちろん日本の各地から約140人の高校生が集まり、地震、津波についての知識それに日本及び和歌山県の備えてきた世界一の地震津波防災対策などを学び、とりわけ、濱口梧陵さんの英雄的な行為とその勇気、精神を学んだのであります。
 本番のサミットの前には、外国から来た高校生諸君は、広川町で行われている稲むらの火祭りに参加し、自ら松明を持って広八幡神社までの行進を行う機会を得ましたし、広村堤防や稲むらの火の館、美浜町の津波避難高台を見学したり、耐久高校生、日髙高校生などとディスカションも行いました。また、串本古座高校生がアテンドしながら、新宮市の王子ヶ浜での鉄道からの津波避難訓練への参加しました。

 世界津波の日は2015年12月22日国連総会において満場一致で決議されましたが、稲むらの火の故事にまつわるこの日を世界津波の日にしてもらうことと、このことを記念して、世界中から次代のリーダーである高校生を呼んで、地震、津波について学んでもらおうと考え、心血を注いでそれらを実現させたのは、和歌山県の生んだ現自民党幹事長の二階俊博衆議院議員であります。
 
 二階先生や多くの人々の努力によって、和歌山市に集まった世界中の高校生諸君に対し、10月31日のサミットの開会式冒頭の挨拶で、私は、万感の思いを込めて、「君達は世界の希望だ」と語りかけました。
 以下日本語訳をして次に掲げます。

ハサン・ムラット・メルジャン駐日トルコ共和国大使 閣下
紳士淑女、全世界からお集まりの高校生諸君 

私の名前は仁坂吉伸、和歌山県知事です。
この「世界津波の日」高校生サミットの開催地を代表して、全世界からお集まりの高校生諸君に心から歓迎を申し上げます。また、この大会のために日本全国からお集まり下さった来賓の方々、各地の防災の指導者の方々にも心から歓迎を申し上げます。和歌山へようこそ。

この大会のために、様々な準備のため大変な献身をして下さった外務省を始め日本政府の方々、地元の関係者の皆さんに心からお礼を申し上げます。とりわけ、私は、「世界津波の日」制定を真っ先に提案し、その実現のために全力を尽くし、そしてその記念行事として、全世界の高校生諸君を津波対策の勉強のために、日本に招待するプログラムを主導してきた二階俊博衆議院議員、現自民党幹事長に感謝を申し上げたい。

本大会の主役はあなた方、全世界からお集まりの高校生諸君です。若い紳士淑女、私は敢えて申し上げますが、あなた方は全世界から集まったエリートです。あなた方はそれぞれの出身国において何千人、何百万人の中から選ばれたエリートであります。あなた方だけが、この機会を利用して得た地震津波に関する正しい知識と、災害から人々を救い、災害から立ち直るノウハウを身につけるチャンスを得ているのです。そのようなチャンスを得られなかった何千人、何百万人の仲間のためにも、あなた方は、これらを用いて将来あなた方の地域の人々やあなた方の国を救う義務があります。
 
ノーブレス・オブリージュという言葉があります。エリートは、危急の際には、自らの利益や命すら省みず、人々のために尽くさなければならないという意味だと私は思います。このノーブレス・オブリージュを見事に果たした人がこの和歌山で人々を救うために大活躍をした濱口梧陵さんであります。
 今から164年前の11月5日、この和歌山を巨大な地震津波が襲いました。濱口さんは和歌山の広川の出身ですが、当時日本全体で大きな醤油会社を経営する企業家でした。広川の生んだエリートであったのです。濱口さんはエリートですから、知識として、地震の後は何度も大きな津波が襲ってくることを知っていました。従って、地震の後は高台に逃げなければならないことを知っていました。しかし、その時は夜で、あたりは真っ暗、広川の人々がこの暗闇の中で、高い所へ逃げてくれるか心配になった濱口さんは、高台にあった収穫直後の米が詰まった稲わら、すなわち農家にとっての全財産に火を付けたのでした。この明かりを目指して高台に逃げた多くの人々が命を救われました。濱口さんは自らの財産を犠牲にして人々の命を救ったのです。
 濱口さんの献身はこれに留まりません。被災直後人々は食べるものもなく、家を建て直そうとしても建設材料もありません。濱口さんは惜しげも無く、自らの財産を使って、これらを人々に提供しました。
 それでも、人々は仕事もなくなり、収入の途も途絶えていました。そこで、濱口さんは、再び自らの財産を投げうって、広川町に堤防を作ることとし、人々にその建設の仕事を提供したのです。この濱口さんの行った行為の中に災害に当たって我々がしなければならない全ての要素が含まれています。すなわち、それは人命救助、早期復旧、そして復興と将来の災害への備えであります。
濱口さんは村のエリートでありました。しかし、このような危機の時、濱口さんがこのようなことをしなければならないという法律上の義務もなければ、領主が命じたわけでもありません。濱口さんは、危機に瀕した自らの出身の村の人々のため、自発的にこのようなことをしたのであります。ここに皆さんは本当のエリートの本当のノーブレス・オブリージュの姿を見ることができます。

 地震津波は、プレートテクトニクス理論に従って100年に1回くらいは必ず来ます。1946年この地を、また大きな津波が襲いましたが濱口さんが作った堤防は見事に広川町の人々を救いました。それが今も残る広村堤防であります。
 私は、この濱口梧陵さんの行動は、歴史上初めて人類が部分的ではあったが、津波に打ち勝った事例だと思います。だから、国際連合は、この濱口梧陵さんが稲むらに火を付けた11月5日を「世界津波の日」にしたのです。

 濱口梧陵さんの生まれた日本は、度々津波に襲われ、大きな犠牲を払いながら、着実にそれへの対策を強化しています。濱口梧陵さんの生まれた和歌山県も濱口梧陵さんに叱られることがないよう世界一の地震津波対策を数々備えるに至っています。
 若い紳士淑女諸君、だからこそ、我々は将来それぞれの国を背負って立つ皆さんに、それぞれの国を救う知識とノウハウを学んでもらおうと、皆さんをこの日本に、そしてこの和歌山にご招待したのです。
若い紳士淑女諸君、この和歌山で濱口梧陵さんの気概に触れ、津波への理解を深め、世界一進んだ地震津波対策を学んで下さい。そしてこのような知識とノウハウを生かし、将来皆さんの国の人々を救って下さい。それがエリートとしての皆さんの務めです。
 若い紳士淑女諸君、諸君こそ世界の希望です。この和歌山で懸命に学ぶ諸君に濱口梧陵さんが微笑んでいると私は信じます。

 ご静聴ありがとうございました。

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