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仁坂吉伸の思い

水産物禁輸 WHO上級委員会敗訴に思う(その1)

2019年06月03日

 今年の4月11日、WTOの上級委員会は、日本が訴えていた韓国による福島など8県産の水産物の輸入禁止措置について、日本の訴えを退ける決定を下しました。
 この問題については、東日本大震災の被災地を含む東日本の水産業やさらに農業に従事する人々に対する大変な仕打ちに対するものであるだけに、私は唖然としましたし、現在日本が、こんな決定がまかり通るようなWTOを改革をしなければならないという運動を起こしているのも、誠にもっともなことだと思います。
 しかし、こうなったのも、結構長い経緯があって、私も実はその当事者のひとりであり、当事者たるに当たっては、そのずっと前からの自らの経験もあるものですから、多少の知識もありますので、そのいきさつを以下に述べたいと思います。(ただし、自分の知識の正確さについては、現在の政策当局者に確認はしていませんので、ひょっとしたら誤りもあるかもしれないことを恐れます。)

 そもそもWTOは、各国の関税水準を多国間の約束事で決め、多くの場合最恵国待遇や内国民待遇など自由無差別の原則で貿易や国際取引のルールを定めたもので、関税のほか非関税障壁を掣肘するほか、サービス取引、調達、知的所有権、投資など国際経済のあらゆる所にそのルールが及んでいますが、その一つに、「物品の貿易に関する多角的協定の付属書1A 衛生植物検疫措置の適用に関する協定」があります。(以下SPS協定といいます。)各国は、検疫措置を講じて、自国の人や動植物の生命や健康に害が及ぶことを防いでいるのですが、ともすれば、自国の産業保護のための輸入制限の口実としてこの検疫が使われることがあります。SPS協定は、その不合理な適用に歯止めを掛けようとしたのです。
 この協定第2条の基本的な権利及び義務の第2項では「加盟国は、衛生植物検疫措置を、人、動物又は植物の生命又は健康を保護するために必要な限度においてのみ適用すること。科学的な原則に基づいて採ること及び、第5条7(暫定的措置)に限定する場合を除くほか、十分な科学的証拠なしに維持しないことを確保する。」とありまして、要するに科学的根拠もなしに検疫を目的に輸入制限をしたらいけないぞと決めているのです。おそらく日本政府はこれを盾に韓国を訴えていたものと思われます。

 WTOの良いところは、それまでのGATTなどに比べて紛争解決手続きがあって、WTO違反と思ったらWTOに訴えることができることになっているところです。訴えると、まずは当事者間でよく話し合えということになるのですが、決着が付かないとパネルという裁判手続きにかけることができるようになっていて、パネルのメンバーには専門知識のある人が合意の上選ばれます。件の案件は、このパネルでは日本の勝訴ということになったのですが、韓国は更に上級委である上級委員会に上訴して、ここが、必ずしも日本の訴えを認めなければならないという理由を欠くとか訳の分からないことを言って、日本が敗訴してしまったとのことです。大変理解に苦しむ決定でありますが、上級委も日本の水産物の安全性については否定していないとのことなので、おそらく、手続き上の不備を突いた韓国の主張が通ったということなのでしょうか。
 新聞報道によりますと、韓国は「日本はサンプル検査の実測値だけで安全性を主張している」と主張して上級委の決定を勝ち取ったらしいのですが、前述の協定は明らかに制限措置をする方が十分な科学的証拠をもつことを要求しており、挙証責任は当然韓国側にあり、日本の検査の不十分性を認めた上級委員会は明らかにWTO違反の決定をしていると私は思います。
 そこで日本政府は大いに困り、WTO改革まで持ち出さざるを得なくなっているようです。おそらく、日本政府としては韓国との訴訟で勝ち、これを武器として、不合理な規制をしている中国、台湾、EUなど多くの国々の規制を撤廃することを迫ろうとしていたと思われますので、えらいことなのです。

 しかし、何でこんなむちゃくちゃな規制が世界中にはびこって、東日本の水産業や農業に従事している人がいじめられなければならないのでしょうか。この規制の根拠は、福島第一原発の事故による放射能汚染が怖いということなのですが、もちろん汚染があったら輸入を止めて当然ですが、汚染もなくてそういう点で世界一厳密な日本政府と日本人が平気で食べている地域を原産地とする魚や農産物を何で他の国が輸入制限をしなければならないのでしょうか。

 このことに多分日本で最初に気付き、一番最初に行動を起こしたのは私です。きっかけは、原発事故の後しばらくしてきた農水省からの一連の通達であります。
 それによると、EUから原発に近い東日本各県からの食品は全て輸入禁止にするので、(東京都や長野県なども入っていました。)西日本各県はEUの作った様式に従って食品が自県産の原産地であることを証明する書類(原産地証明と言います。)を作って、それをEUの輸出の際に付けるようにということでした。

 それが2011年の何月だったかは忘れましたが、世界中が日本がかわいそう、助けなければの大合唱をしてくれている時で、一時日本でも根拠もなしに流行った食品の放射能汚染の話が下火になり、風評被害から東北を救おうという気運が盛り上がっていた時でした。原発を中心に本当に少しでも放射能汚染が疑われるところの食品は止められていますが、こういう安全には世界一うるさい日本人でもそのほかの食品は大丈夫だと安心して食べ始めた時期なのです。そこへEUからとんでもない話です。そして本来ならこのとんでもない輸入制限を身体を張ってでも阻止して日本の農民や漁民を守る任にある日本の農水省(や外務省)が、それをしないばかりか、EUの言ってきたとおりの様式で原産地証明をやれというのは何たることだ、と私は本当に怒りました。私は過去の職歴から国際貿易制度、WTOのルール、そして特にSPS協定について多少の知識があったので、EUの措置は明らかにWTO違反だと思いました。
 実はEUは、というよりもEU官僚とこれにくっついている圧力産業団体はしょっちゅうこういうことをします。日本とEUが競争をしているような時、EUの産業界を保護するために何かと理由を付けてはルールを変えてしまうのです。それで涙をのんだ日本の産業、企業がいかに多いことか。しかし、大多数はそれはちゃんとした手続きに則って、言い換えると合法的に手続きに則ってルールを変えてくるのであって、こんなルール無視の蛮行はあまり聞いたことがありません。ルールに則ってやるならば、日本の放射能汚染を科学的に証明して、それを根拠に外交的に日本にその措置を行うことを説明し、日本も納得した後に原産地証明といった手続きを決めるべきものなのです。
 これはおかしいと、およそ日本国民を守るべき日本政府ならEUの通知をたたき返すべきなのです。それでもやろうとするなら、直ちにWTOに訴えて紛争解決手続きに載せるべきです。和歌山県の利己主義的事情を言えば、和歌山県の農産物は原産地証明を付ければ輸出でき、ライバルの東日本産の農産物はできないわけですから、和歌山県にとってこのEUの措置は有利に働くのですが、そんなことはどうでも良い、同じ日本人として、こんなことは許せないという心境でした。
 しかも恐ろしいのは、EUが始めて日本が文句を言わない、報復もしないということが分かると、この措置はあっという間に世界中に広がるということが容易に予想されるのです。何故ならば第1に途上国は、EUや米国や日本のやり方を見ていて、割合と追随することが多いからです。また第2に、EUのように折りあらばいい国内産業保護手段を見つけたいと思うのが各国の通商政策当局の習い性であるからです。(日本は違います。)さらに第3にEUも放射能が危ないと言っているのに、どこかの国の当局が、科学的根拠もないのにEUのとったような措置をとることはできませんと毅然としていることは、彼ら国民の批判をもろに浴びることになるからです。

 そして、実際に日本政府が何ら手を打たないまま時間が経つにつれ、このEUが始めた輸入制限は瞬く間に世界に広がりました。今は少しは縮小しましたが、まだ撤廃まで至っていない国がたくさんあり、震災で受けた打撃を頑張って働いて経済で取り戻そうとする日本の必死の努力を妨げたのです。

 これは捨ておけんと、すぐに事務的に農水省当局に厳重に抗議をさせるとともに、私自らすぐ上京して農水大臣に直ちにWTOに訴えて対抗措置をとるべきだと説得に出かけました。
 当時は民主党政権でしたが、大臣は会ってくれず、副大臣が代わりに会いましょうと言って下さったので、農水官僚出身の副大臣に上記のことを切々と訴え、WTOに訴えれば絶対に勝てます。しかも、今世界の世論が日本に同情してくれている最中にEUの自国の政府がWTO条約に違反して日本をいじめていると訴えれば、他の時はともかく、EUの人々には絶対に効果がありますから、すぐ訴えるべきです。放っておくとあっという間に世界中にこの措置が拡がりますよと申し上げました。
 しかしその副大臣の答はNOでした。副大臣はこうおっしゃいました。「仁坂さんは経産省出身で攻めに生きてきたからいいですね。農水省出身の私などずっと守りばかりで。」私は「そんな問題じゃないでしょう。今手を打たなければずっと日本にとって禍根を残しますよ。」と言い置いて暗澹たる気持ちで農水省を後にしました。

 その後、関西広域連合や知事会などでも、同様な発言をし、自分なりに東北や東日本の農林水産業に従事する人々のために運動してきたつもりですが、影の薄い私だからでしょうか、さほどこの運動が拡がらず、一方予想通り、EUと同様の措置は世界中に広まってしまいました。
 私はその後も折にふれ歴代農水大臣にWTOに訴えるように勧めてまいりましたが、風がようやく変わったのは、林芳正大臣が就任したあたりからではないかと思います。
 それが具体化してのWTO提訴ですが、世界が日本に同情してくれていたあの時にこれが行われていたら、今回のような苦杯は絶対にありえなかったのではないかと思います。
 東日本大震災のことが世界の人々の胸の中から段々小さくなり、同情心がなくなってしまった時に改めて戦わなければならない現在の政府関係者にいささか同情を禁じえません。
 WTO提訴で韓国に敗訴と聞いた時、私の胸中によぎったのは、あの日本がんばれの世界中の市民が大合唱をしている中での上級委員会なら、あんなつまらない手続き問題で日本を敗訴させるようなことは絶対できなかったはずだということであります。

 ここで一旦本稿を切って、次回同じタイトルでWTOとのつきあいについての私のわずかな経験を申し述べます。

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