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仁坂吉伸の思い

徳川頼宣と紀州徳川家400年

2019年09月27日

今年は紀州徳川家が発足してから400年になります。それまで駿府に居た徳川頼宣が紀州55万石に移封されたのが1619年ですから、ここに紀州徳川家が発足しているのです。
初代藩主徳川頼宣は、私は大変傑出した人物であると思います。暴れん坊将軍吉宗のおじいさんに当たるのですが、吉宗は終生この祖父を尊敬していたと言われています。頼宣は、家康の10男、英明なるが故に死ぬまで手元に置いて育てたと言われています。
14才で大阪夏の陣に出陣しますが、また幼生の若君だからと配下の部将が配慮して参戦に遅れます。家康の幕下で「まだお若いのですから」となぐさめる配下の将に、頼宣は「14の春は二度と来るまじ」と叫んだそうです。紀州の国作りも、和歌山のまちづくりも見事です。全藩下への要路は整備され、各地の産品も奨励され、大成しています。各地にウバメガシの植林があるのも、紀州御留林が守られたのもここに始まっています。都市計画の知識もあったようで、和歌浦の地は万葉の世からの景勝地だから開発はさせずに景観を守り、その北はきっちりと開発して、町と農地の区割りをしています。幕府においてももちろん重きをなすのですが、あまり優秀すぎて本家が頼りなく思ったのでしょうか、由井正雪の乱への加担を疑われたりもしています。
そうやって栄えた徳川の400年を改めて顕彰するために、和歌山県は今年度多くの事業を展開します。和歌山でももちろん多くの事業を展開しますが、東京での毎年恒例の和歌山の偉人シンポジウムは紀州徳川家です。それに紀州徳川家の遺構のお里帰りとして、徳川頼貞さんが心血をそそいだ、日本の近代音楽史上大変重要な位置を占める南葵音楽文庫のグランドオープンも2月です。ここに我々和歌山県人は、紀州徳川家400年の宝物をもう一度この和歌山で愛でることができるようになりました。
(紀州徳川家400年記念行事一覧はこちらをご覧ください。
https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/022100/d00202401.html )

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