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仁坂吉伸の思い

和歌山で教員として働きませんか

2019年10月21日

標記は、今般和歌山県教育委員会が作った教員求人パンフレットのタイトルです。副タイトルとして「夏休みはたっぷり30日」とあります。和歌山県も、公立学校だけでも小、中、高、特別支援学校併せて約9,700人の教員が働いてくれています。和歌山には、このほか成績優秀な私立学校がありますので、この教員約600人を加え、1万人余りの方々が教員として子供達の教育に携わってくれています。

私は現在69歳で、私が学校へ行っていた頃教えて下さった先生方のどなたよりも年齢が上になっていますが、いつまでも、教えて下さった先生方の記憶は、年上のとても偉い人という感じで、色々と教えて下さったこと、可愛がって下さったこと、お叱りを受けたことなど、もちろんすべてではないでしょうが、いっぱい思い出すことができます。
当時は子供の数も多かったのですが、もっと増えていくであろう見通しのもとに、どんどん教員として採用される人が増えていく時代でした。私は全ての先生方は立派であったと本当に思っていますが、今から考えると、世の中が発展して、他の分野でも就職の機会が増えていくにつれ、「先生にでもなるか」とか「先生にしかなれなかった」というような先生の存在が問題となり、「でもしか先生」という言葉が世に流布するようにもなりました。
しかし、私が直接指導を受けた先生方には、単に人柄が良くて教授方法が上手というだけでなく、それぞれ一芸に秀でた人であったり、独特の人格的魅力を持った方であったり、とにかく特色のある方々が大勢おられました。

私は、趣味が昆虫採集ですが、虫を集めてこれは何という虫か、その動物分類学的位置づけはどうなっているか等々という生物分類学が、学問といえば、基本にありました。明治の頃、西洋の学問をどんどん日本に取り入れていた頃は、大学に偉い分類学者が居て、特に北海道大学と九州大学には、その道の最高権威が講座をもって、多くの学者を養成していました。しかし、いつしか、分類学が生物学の最先端から外れていき、分類しか分からない人は、もう大学教授といった学者として生きていけないというような方向に変わってきています。かわって昆虫の分類学を担ったのが、アマチュアの人々で、その最大の砦が高校などの先生であったのです。昔は和歌山でもどこでも昆虫の各分野ごとに、日本有数の権威というような人がたくさんいて、学校で生物などを教えながら、その専門分野の学問的発展を担い、全国の同好の士の輝ける指導者となっていたのでした。
そういう先生は、いささか授業の教え方がへたくそであっても、「あの先生は、〇△分野では日本の権威らしいよ」というだけで生徒はやはり尊敬し、その先生のへたくそな授業も一生懸命聞いたものでした。
そういう先生が、何故高校の先生になったかというと、「大学には残れなかったので、どこかへ就職しないといけないが、高校の先生は夏休みなどたっぷりあるので、一生自分の研究も続けられる」と思ったからではないかと私は思っています。
昆虫の研究など致しておりますと、国内外に採集旅行に行きたいものなのですが、高い山に籠もってとか、南のジャングルに分け入ってとかしようとすると、長い休みが取れないと、中々大変です。そういう意味で、昔の学校は、我々生徒が、さあ夏休みで40日休みだ、遊ぶぞーと思ったように、他の職種に比べて、たっぷり休みを取れる職種であったと思うのです。

ところが、どうも日本人はねたみ深い性格なのか、他の人々達が休みも取れず働いている中で、学校の先生だけが長く休みを取れるのはけしからんという世論が高まったようです。そこで、そういう「風」に弱い文部科学省が音頭をとって、学校の週5日制が完全導入された2002年頃から夏休みなど長期休暇期間に、教員が自分の勝手な時間の使い方をすることに厳しくなってまいります。どうせ生徒は学校に来ないのだから、教員が学校にいても仕方がないと思うのですが、文部科学省は、教員が有給休暇を取る時以外は、学校に詰めていることを基本とせよという指導を行います。生徒のいない学校へ来て何をするのかというと「日誌をつける」とか「諸帳簿の点検をする」とかであります。とにかく学校に出て来いというのです。その時の文部科学省の指導方針を示す一例を挙げると次のようになります。
「各学校で計画的な研修や教材研究等を行う」「教育委員会が中心になり研修を実施する」等で、「教員が休みすぎている」という印象を避けるために、形式を整えるということです。
この結果、教員に高い専門性をもって学者に近い研究を続けたいという人が教員になりたくなくなって、教える技術だけ持った人ばかりでは、どうも物足りないなあと思うわけです。一方大学の教員のポストもそんなにないので、博士課程を終えてもオーバードクターとして、中ぶらりんになっている人もたくさんいます。そこで、昔いたアマチュア研究大家の高校教師になれるような人を、これらオーバードクターの人達を和歌山に集めることによって復活させようとしました。すなわち、博士号を持った人は教員試験を受けなくてもよろしいとしたのです。ただしちゃんと教える能力が必要なので、面接は等しく行います。ところが、これでいいわいと思っていたら、人口減の中で、急に採用枠が窮屈になってきたので、オーバードクターの教員採用はほんの何人かにとどまっています。

そういう中で働き方改革です。そうしたら急に今度は文部科学省が手の平を返し「学校における働き方改革の推進に向けた夏季等の長期休業期間における学校の業務の適正化等について」という通達を出して、長期休業期間中の業務を縮減し、「まとめ取り」のように一定期間集中するなど、休日を確保するよう求めてきました。要は、まとめて休んでもいいことにせよと言い出したのです。
私は魅力ある人をとるため、休みに学校にしばりつけるなとずっと言ってきましたが、わが教育委員会は文部科学省に遠慮して中々言うことを聞いてくれませんでした。といううちに、文部科学省自体が手のひら返しをしてきて、ほれ見ろと思っています。先生に対するムダなしめつけはやめるべきで、形式は意味はありません。先生にとって大事なことはいかに生徒に教えるかです。加えて向学心、学問への刺激も与えたいのですが、それには特別な専門的知識をもっていて、それだけで日本中で尊敬されている人がいた方が絶対によいのです。
生物の話ばかりしましたが、和歌山でジオパーク運動の先鞭をつけてくれた人は、高校の地学の先生方です。郷土史家としてすばらしい業績をあげておられる社会の先生方もいます。文部科学省のつまらない「風読み」によって、こういう人はほとんどOBで、若い人達では少なくなっていますが、これからこういう人たちがまた和歌山の学校にいっぱい集まってくれることを期待しています。

和歌山は、公立高校について調べると、けっこう夏休み、冬休み、春休みは長いのです。我々の学生の頃より少し短いですが、まだけっこうあります。和歌山でも他県でも、私学を中心に一部公立校も含め、特にいわゆる受験校の中には、休みを少なくして生徒を学校で長く指導するという学校がけっこうあります。
今から40年ほど前、昔の同級生と喋っていて、「最近の風潮はどうかと思う。あんなに学校にしばりつけると自由な活動ができないではないか。受験のためと言ったって、勉強しなければならないことは人それぞれに違うのだから、長くクラス全員でひっぱるのは非効率だと思う」と言ったら、「学校で長く熱心に指導してくれることは親として有り難い。お前は親の気持ちがわからん奴だ」と非難されました。でもその考えは変わりません。教える内容を軽くしようとするゆとり教育は間違っていると思うけれど、授業時間を夏季休暇を削ってまで長くとろうとするのは非効率的だと思います。それより、私は理解程度に応じて、特に授業について行けなくなった子供に、個別の補習をした方がずっとよいと思っていて、それをお願いしています。そうすると先生は大変です。生身の子供達が対象ですから。そうするとさらに残業も多くなり、おまけに長期の休みも少なく、では心身ともに疲れてしまいます。和歌山県では、先生には休み、特に長期休みはできるだけ確保するようにするとともに、生徒に接する以外の雑務の仕事から先生をできるだけ解放してあげたいと思っています。県教育委員会をあげて皆で努力中です。その中でのパンフレットだと思ってください。
さらに、大都会に比べると給与は少し安いですが、住居費、生活費などはうんと安く、手元で自由に使えるお金は和歌山の方がずっと得だと思います。環境も医療もスポーツも文化も中々のものです。
我こそはと思う理想に燃えた若者に、是非和歌山の教員になってほしいと思います。

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