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仁坂吉伸の思い

凍結12年 滋賀・大戸川ダム着工へ-失意の布村局長に捧ぐ-

2021年06月21日

 6月2日の毎日新聞夕刊トップに表記のような見出しで大戸川ダムの建設が再開されるという記事が出ていました。この問題は、私が知事になって間もなくの2007年~2008年頃に大問題になって、大戸川ダムの建設計画が凍結されたことの「その後の物語」なので、私にとっても感慨深い問題です。当時は、無駄な公共工事をどんどん中止しようという世相で、このためダムは無駄遣いという滋賀県の嘉田知事や大阪の橋下知事らの意見が優勢になり、国はとうとう大戸川ダムの建設を凍結するに至ったのです。

 流域とは関係ない和歌山県知事の私ですから、発言することは控えていましたが、その後成立した民主党政権の時、ダムはできるだけ中止という民主党の考えに和歌山県も翻弄されることになります。当時和歌山県は切目川ダムの建設を進めていました。大雨のたびごとに浸水する印南町の切目一帯を水害から守るために、和歌山県はこの計画を進めていたのですが、民主党政権の時の国土交通省から、このダムは必要か、またそれは何故か改めて申告せよというお達しがありました。そんなの和歌山県でははじめからギリギリ是非を詰めて、これは作るべしという結論を得てやっているのに、なんという聞き方かと思いました。しかし、県の事業とはいえ高額の補助金をもらって遂行しているわけですから、無下に無視もできません。したがって、改めて必要性を説明する資料を作って申告することにしました。ところが、時の政府からは、国交省に提出するにあたっては、必ず第三者からなる委員会の意見を聞いて、それを付記せよというお達しまで来ました。おそらく、県などはやりかけの仕事は内容の検討もせず、全部必要という申告をしてくるに違いないという地方に対する不信があったのでしょう。そこで和歌山県もそうしました。その後のこの地における台風12号の惨禍からも明らかなよう、これを一刻も早く作って水害を防ぐというのは、誰の目でも明らかなことでしたので、我々県当局は自信満々その旨を資料にして、第三者委員会に付議しました。回答は驚くほどのスピードで返ってきてその答えは是でありました。しかし、その第三者委員会の委員が「どうせ県はこの工事をやりたいのでしょうから、答えはYESしかないでしょう」と言っているというではありませんか。私は、これには大層立腹して、早速記者会見で切目川ダムの建設工事についての第三者委員会の回答が来たが、上記のような発言をする委員が出した回答は断然受け取りを拒否する、行政は忖度でなされてはいけません。政府や世論なるもの、あるいは「風」に忖度するのもいけませんが、それに反する意見を持っている知事、すなわち私に忖度してもいけません。あくまでも科学的、論理的に考えるべきだと思うからです。政治的動きに左右されず、科学的、実証的にちゃんと審議してほしいと発表しました。これに対して、第三者委員会は大パニックになったようですが、気を取り直して慎重審議の結果、是という、今回は科学的、論理的な意見を下さいました。国交省もこれを認めてくれ、若干の遅れはあったものの、切目川ダムは2015年に完成し、その後何度か水害の可能性のある大雨はあったものの、切目一帯は水害の被害から免れています。
 ただ、この決定の直後、2011年9月、紀伊半島を超大型台風12号が襲い、この地域も再び大変な被害を受けました。もっと前から切目川ダムができていれば、そして下流の護岸がもっと早く完成していればと思いましたが、上述の混乱による遅れで被害が出たわけではありません。

 しかし、他流域ではダム反対が強く言われ、かつ、実際にダム建設が中止になった地域でその後、続々と水害が報告されています、熊本県の川辺川ダム然り、五木ダム然りですが、最も典型的なのは、琵琶湖から淀川につながる関西で最も経済的にも人口でも大きな地域における水害です。
 私は、それまでの国交省や各府県の防災担当者らは、あるいは数々の学者、専門家の方々は、これを見越していたからこそ、大戸川ダムを建設して、もう少し琵琶湖、淀川上流部の負担を軽くしないといけないと考えていたのではないかと、当時も思い、今も考えています。
 しかし、政治的な「風」の前には、こうした見解は吹き飛んでしまいました。もっとひどいのは、既得権益を守ろうとする悪逆非道の大悪人であるかのような扱いを時の治水の責任者は受けました。時の近畿地整の布村局長は、一生懸命上記の「正論」を説いていたと思います。しかし、その意見はマスコミによって叩かれ、結局は政治が工事中止を決めるに至ったのです。
 私は今でもはっきりと覚えていますが、国交省を若くしてドロップアウトした専門家と称する人が、ダムはいらない、治水は堤防強化で十分だ、その方がはるかに安くできると主張していましたが、この人は悪役の布村局長に対比して正義の味方のような扱いを受けていたと思います。布村局長が何を言ってもまともに取り上げてもらえず、この一介の国交省OBだけが正論を言っているような扱いでした。
 私は専門家でもありませんが、山の中に作るダムよりも延々と続く町の中の川の堤防を強化したほうが安くつくなどということはあり得ないのになあということだけは思った記憶があります。大きなダム一つ分の治水効果を堤防で賄うとすると、何メートルか(何センチか)かさ上げしなければなりませんが、それを淀川の河口まで延々とやって安く上がるなんてどうして計算するんだと思いました。
 このような騒動の結果、大戸川ダムは中止となり、布村局長はじきに転任となり、近畿地整を去っていきました。

 そして、数多くの水害を経て、滋賀県の三日月知事も近隣の各府県知事も大戸川ダムの建設へと舵を切りました。
 私はそれ自体評価すべきだと思います。しかし、誰も、マスコミを含めて、あの2007年~2009年の大戸川ダム大反対はいったい何だったのかと発言しないのはいささか不満です。今でも不要と言っているのは嘉田参議院議員のみで、あとはだんまりです。しかも、今度はその嘉田さんの意見も小さくしか報道されません。マスコミに至っては、あのダム反対の大キャンペーンは何だったのか、一回も記事にしたのを見たことはありません。和歌山県のあの小さなダム、人々の水害から逃れたいという悲願を込めたあのダムを中止にしてはどうかといった、時の国土交通大臣など政治家の見解を聞きに行くメディアもありません。ダム建設に世の中が舵を切るなら、その時こそ、あれだけダム建設反対の旗を高らかに振った政治家や、あの国交省をドロップアウトした専門家の方にあの時の見解は正しかったのかと正すべきではないでしょうか。そして、自らは正論を吐き続けながら、理不尽な中止決定がなされ、失意のうちに大阪を去った布村局長に謝る人はいないのでしょうか。

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