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仁坂吉伸の思い

オリンピックが終わって

2021年08月16日

 東京2020オリンピックが終わりました。その間、私は勤務が終わりますと、恥ずかしながら、自宅でテレビにかじりついてオリンピックの観戦、なかんずく日本選手の活躍を祈っておりました。祈りが通じたか、総じてことのほか日本選手の活躍が目立ち、メダリストもたくさん誕生しました。本県にゆかりの選手も大活躍、大健闘してくれましたが、中でもスケートボード・パークの四十住さくら選手が金メダルに輝き、文字通りのさくら満開の笑顔が素敵でした。
 私が印象的であったのは、ほとんどのメダルを取った選手がテレビのインタビューで、まず第一声に、自分たちにオリンピックという舞台を与えてくれ、支えてくれた関係者の方々に感謝の気持ちを伝えたことでした。私の想像では、はじける喜びと、長い間の苦労と、指導してくれた指導者と、共に高め合ってきた朋輩への思いが出るかなと思っていたのですが、少々意外でした。そして素晴らしいと思いました。自分のことよりも他の人々への感謝と配慮が先に口に出る、スポーツを極めた人は本当にすごいな、素晴らしいなぁと思いました。さらに、ひょっとしたら、我々日本人のすべてが、本来なら自らの技量の発揮だけを考えてプレーに全力投球をしていればよい選手に、こんなコロナの下で自分達がオリンピックに出てプレーをしていいのかというプレッシャーを与え続けていたのではないかと思いました。そうであったらそれは申し訳ないことだと、私は思いました。どうやら、アスリートの方々に対して、批判や攻撃のメールを行っている例があるらしく、何ということをするのだと、そういうことをする人に怒りを覚えます。そうした中だからこそ、自分のことだけでなく、他人のことも思いやる心を持ったアスリート達に心からエールを送りたいと思います。

 オリンピックに関しては、ずっと私は、オリンピックはアスリートが力を競う場だ。それを取り上げてはいけない。アスリートはオリンピックを目指して人生のすべてを打ち込んできた。その場を取り上げるなんて不人情なことを私はとてもできない。選手と選手の競い合い以外はすべて付け足しだから、オリンピック景気も商業主義もIOCの都合もすべてどうでもよい。コロナが流行っていたら無観客でもいいではないか。コロナでこんなに苦しんでいても、世界中のアスリートのために活躍の場だけは歯を食いしばって提供してあげたというのが日本と日本人の誇りではないのか。そのようなことをずっと言い続けてきました。そうして本当にコロナ禍の中で通常でないオリンピックが完遂されたのです。

 私はオリンピックは中止すべき(延期も含め)だという意見が過半を占めた世論調査とそれを大いに強調したマスコミには情けない思いがします。本当にオリンピックを開いたら、これこれこういうルートで感染が爆発するということが明らかで、そういうルートを防ぐ手はないということならば、初めて中止を語るのもやむを得ないと思いますが、ただ単にオリンピックをすると人流が増えるからというのは、科学的、専門的な見地からあまりにも粗すぎる理論だと思います。競技会を開いたら感染が爆発するというのなら、有観客で開催しているプロ野球やJリーグはどうなのでしょう。球場がクラスターになったということは少なくとも聞いたことはありません。それらに比してオリンピックの観戦のために世界や全国から東京へ人が集まるからというのは論理的です。しかし、すでに海外からの観戦は禁止、国内も無観客になったわけですから、影響は毎日行われているプロ野球以下ではないでしょうか。オリンピック期間に感染が大爆発しましたが、それは前々からの感染を止められなかった行政(特に地方行政)と度重なる自粛要請にもう飽き飽きして辛抱ができなかった国民の放恣な行動のせいではないでしょうか。
 では、オリンピックに関して、和歌山県は何もしなかったのかというと違います。事前に色々な局面を想像して、和歌山県で一番危ないのは、飲食店や誰かの家に仲間で大勢集まって、大型TVを見ながら、皆で応援をして盛り上がるという場面です。そこで、飲食店の自粛や時短要請などをしていない和歌山県でも、こういう集団の飲食を伴う応援はやめようという呼びかけを行いました。飲食店も総じて協力してくれたのには感謝しています。
 このようなことから、私は、今の第五波の感染をオリンピックに原因をたどるのは無理があると思います。
 いくらコロナが流行るのは嫌だと思っても、人生をかけて打ち込んでいるアスリートの権利を奪ったら気の毒だなぁと思わなくなった、言い換えれば、コロナが流行ったら専門家が言うからとにかくオリンピックは中止だと、人を思いやる余裕のなくなった日本人にはとても悲しい気持ちがします。日本人は、昔はそうではなかったのではないかと思います。自分のことはもちろん大事ですが、人のことも思いやるところが日本人の美点ではなかったでしょうか。コロナの脅威の前に、アスリートがかわいそうだという気持ちをどこかへやってしまった日本人の心に、アスリートは自分のメダルのことよりも先に、この困難の中で大会を支えて下さった関係者の人に感謝の言葉をまず発することで、一縷の希望の光を投げかけてくれたと思います。

 さらにオリンピックに関して言うと、私にも批判したいことがあります。政府要人や彼らが選んだプロデューサーやタレントなどに問題が多発し、辞職が相次いだことです。考えてみれば、そもそもどういうプロセスでああいう人選をしているのか、組織委員会のガバナンスはどうなっていたのでしょう。私も国体やねんりんピックなどを主催し、また、その前の官僚時代の経験などから分かりかけていますが、主催者に湯水のように予算を与えたら、すぐに丸投げをしたくなります。すると本来の「公」のガバナンスが効かなくなったところで、企画や実施が行われるのです。それなのに、不思議に組織委員会のガバナンスが世で問題にならないのは変だなあと思っています。
 もう一つ言えば、このコロナの感染のリスクが高い所でオリンピックをやるのですから、スタッフやボランティア、警備の警察官に感染者が出ては大変です。ならば、あらかじめそういう人にはワクチンを接種してから働いてもらうということも組織委員会の重要な仕事でしょう。しかし、そういう配慮はほとんどなされなかったのを私は知っています。事前にそれを発見して、和歌山県は、動員されているバスの運転手さんの方々に急遽ワクチン接種をアレンジしました。警察官もそうしようと勧めましたが、未接種で動員され、恐れていたクラスターが発生してしまいました。こういうことについても組織委員会の責任を追求する報道はありません。

 しかし、ともあれオリンピックは終わりました。コロナでもなんとかアスリートの立場を守った大会として記憶されるでしょう。アスリートの方々の清々しさ、他を慮る心の美しさに救われました。
 和歌山県では、もうじき国民文化祭、全国障害者芸術・文化祭が開かれます。オリンピック・パラリンピックを他山の石として、私が今指摘しているようなことを起こさないように頑張らないと、今度は県が鼎の軽重を問われます。

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