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仁坂吉伸の思い

かくれみの

2021年12月20日

 昔々、私が中央省庁の役人をしていた時、役所はよく審議会とか研究会とかを作っていました。学者、関連業界の首脳、ジャーナリスト、受益者の代表、消費者や労働組合の代表など幅広い層の方々に集まってもらって、特定のテーマの政策課題を議論し、コンセンサスを作ってもらって、答申(諮問のある時)とか意見書とかをいただいていました。そして、政策を発表したりする時、こういう審議会なり、委員会なりの意見をいただいたものですから、これに従いまして云々と説明をすることが多かったのです。今もそうだと思います。そういうやり方に対し、特に政府に批判的な勢力やマスコミから、審議会や委員会を「かくれみの」にしているという批判を浴びたものでした。
 審議会や委員会の委員はなかなかそうそうたる顔ぶれの方々であることが多く、審議会や委員会の中で、実に立派なことをおっしゃる方もいて、そういう意味では大いに役に立つことも多いのですが、それ以上に誰でも言えることをおっしゃったり、どうも議論の本質と関係がないなということしかおっしゃらない方もいて、ほとんどの方は黙っていて役所のコンセンサス作りに協力する役割を果たしているだけという感もありました。そして、議論の収束のための取りまとめや報告書、意見書の原案はたいていは担当の役人が書いていることが多かったので、この「かくれみの」批判は当たっていないわけではないなあと思うこともありました。

 物事を決めるときは、中味はもちろん大事ですが、決めるプロセスも大事で、各方面の方々のコンセンサスをとって決めるのが理想ですから、その形を整えるために、審議会や委員会があるということは、私は意義のあることだと思っています。現に県庁でもこの種の委員会はそう多くはありませんが、保持しています。
 もう一つは、役所の役人だけでは知識と知恵が足りない時に専門家に集まってもらって、それを教えてもらうという意味の委員会もあります。これも私は否定はしませんし、役所側に本当に知識がなかったり判断して自信がなかったりする時には、大いにこの種の委員会を利用したらいいと思います。しかし、何でもかんでも、委員会の意見を聴いてという風潮はいかがなものかと思います。その理由は、行政当局が単に責任逃れのために、委員会などを利用していないかと思うことが多々あるからです。行政のトップは自ら判断する責任があり、その判断に責任を取るのが仕事ですから、自ら判断しなければならないことを何でも委員会の判断に委ねてしまうのは、無責任であります。第2の理由は、その委員会に意見を聴くために集められている人々が、本当に知識と知恵があるのか、いささか疑問という時が多いからであります。行政庁はある意味専門的知識・技術集団であり、個々の役人の学問的経歴や長年の組織における経験によってかなりのことを知っていて、少なくとも組織全体としては心得ていることが多いので、本当に集められた外部の専門家が、行政庁の役人より優れた知識があるのかが疑問の時が多くあります。それなのに、実は立派な知識を持っている役人が、自分は「事務局」だと称して、あんまり知識のない学者などの意見を拝聴するような態度をとっているというケースが結構あります。学者、専門家の方々も、このような審議会、委員会に参加するのはメリットもあるのかもしれません。これは随分前にある著名人から聞いた話なのですが、現実の社会、経済に関心のある学者、評論家にとっては、現実の社会、経済に関するデータや情報を入手したいと考えるものだけれど、そういうものを得ようとすると、情報が集まり、スタッフがそろっている役所の審議会、委員会に呼んでもらうのがなかなかいいのだそうです。テレビ局にコメンテーターとして呼んでもらうのも同様なメリットがあると言っていました。
 和歌山県庁でも、こういうケースがいっぱいあったのでそういうものはどんどん廃止、合理化をし、県庁の職員が勉強し、考え、さらに、専門的知見を持っている人を訪ねてそれをお聞きしてくるという方向に舵を切っています。かくれみのを安易に使わず、自分たちが説明責任を果たすのだという気概を示すことによって、得られる結論のレベルも上がるし、県庁の職員も成長すると思ったからです。それでも委員会を作って議論してもらうときは、絶対に自分たちより賢い専門家を和歌山県内にかかわらずお願いしようということにいたしました。
 今から15年ほど前、私が就任後すぐ景観条例を作ろうとした時は、この世界で第一人者の東京大学の西村幸夫先生にお願いして、委員も先生のお考えでチーム西村を作ってもらって議論しました。また、県にとって最も基本となる長期総合計画を10年に一度くらい作るのですが、それまでは、地元の大学の先生を委員長に地方の有力者というメンバーでコンセンサスを作ってもらうのを県庁の職員は事務局と称して、実は作文をしていたのですが、もっと皆でよく考えようと唱えて、検討スキームを変えました。まず庁内にすべての幹部中堅を集めて検討会を作りまして、司々の幹部は検討会の前には所管の業界などの関係者からギリギリと意見、アイデアの聴取をしなければならないとしました。その上で、皆で侃々諤々の議論をするわけです。さらに、これでは和歌山県内だけの視野になるので、これはと思う有力な方々にお声をかけて、意見、陳述に来てもらいました。それらをどんどん長期総合計画に取り入れていくわけです。

 このように、審議会・委員会も、要はお願いする方がいかに主体的に臨もうとしているかによって、その成果が随分と変わってきます。実はよくわかっている役人がかくれみのとして使うのは、少なくともそれが度を過ぎると考えものでしょう。
 ところが、ここに政治主導が入ってくると、このような役所と審議会の関係がまた変化してきます。先ほどから述べているケースでは役所は専門家たる役人で成り立っていて、この人々が審議会や委員会をうまく利用しながら、時には「かくれみの」にしながら、やりくりをしてきたのですが、政治主導でリーダーシップをとろうとする政治家が主導権を取ろうとするとどうなるでしょう。おそらく、政治家は役所の役人よりも専門的知識がないでしょうから、外部の専門家や、その集団である審議会や委員会に対する信任がもっと厚くなります。とりわけ科学的知識などに関することになると特にそうであります。その結果、リーダーシップを発揮する政治家が、審議会などに依存する専門家に完全依存するようになります。多忙な政治家にとっては、専門的知識を勉強するのは面倒ですから、技術的な中味は、ある専門家に代言させてということになるのでしょう。ところが、その専門家が全能の神のようなケースはそれでいいのですが、たいていはそうではありません。先ほど述べたように、外部の専門家の方が役所のプロ役人よりも能力が劣っていることが結構あるし、もっと多く起こることは、役所のプロ役人集団と同意見、同グループで「使いやすい」人を雇っている場合があるのです。そういう場合は権力を握っているリーダーがある種の専門家に実質的に操られることになります。「かくれみの」で終わっていればまだよいのですが、「あやつり人形」になってしまうのは危険です。
 日本のコロナ対策がなかなかうまくいかず、度々内閣の死命を制すような展開になったのも、実はこの特定の専門家を「かくれみの」にするつもりが特定の専門家の「あやつり人形」になってしまったということが大きかったのではないかと思います。

 政治リーダーはリーダーですから、専門家のアドバイスは聴き、変だなと思ったら問いただし、別の人の意見も聴いて、自分で方向を見出していかねばなりません。これはコロナ対策のような専門的、科学的知識を必要とする領域でも同じです。
 私はその意味で安倍首相と菅首相が記者会見をするときに、専門家を一緒に出席させたのはどうかなと思います。まして、専門家が本来政治行政のリーダーが判断し、説明しなければならないことを、さもそれを授権されているような風に説明しているのはおかしいと思いました。ただ、この点は岸田政権では是正されているようです。

 また、国でも県でも、よく大臣や知事などが委員会の結果を踏まえてと言って、判断をする際の条件にしているようなことを散見します。これはおかしいなあと思います。なぜならば、政策の責任者は知事であり、コロナのようなことは一番よく知っているのは行政庁内の専門家だからで、したがって、和歌山県ではコロナに関して、委員会などは設けたことも、諮問したこともありません。ただし、だからと言って和歌山県庁がすべて知っていると増長しているのではありません。逆です。コロナとの戦いで行政側もたくさんの知見を得ました。特に、和歌山県は徹底した積極的疫学調査と全員入院にこだわったので、すべて感染経路や病気の推移がよくわかり、かつそれをデータとして残したので、結構な知見を得たことは事実でありますが、それでもわからないことがいっぱいあります。そういう時は、国の専門家や国の機関に聞くとともに、この人は本当にその分野の一流の専門家だと思うような人に徹底的に知識を借りています。その上で県庁内部でギリギリと詰めて議論をしているものですから、「委員会に諮ってから」というようなプロセスはいらないわけです。

 ただ、このように「かくれみの」を排し、結果として「あやつり人形」にもなるはずのない和歌山県ですが、時には判断を丸投げした時もあります。それは、ある水害のケースで、人的、物的被害を出したのですが、その際県の工事がひょっとしたら災害の原因となったのではないかと疑われた時でした。何せ当事者が県ですから、客観的な判断を下しにくいし、下したとしても人には疑われてしまいます。実は、私も県の専門部署の幹部もこれは県に責任があるような気がするとは思っていたのですが、そういう思い込みで補償をしたのでは、その原資は県民の共有財産ですから、それもよくないだろうと考え、第三者委員会を組織化して、その判断を仰ぐことにしました。そのときは、およそ日本では一番見識のある人に頼んで委員会をリードしてもらおうと考えてお願いをしました。そして、委員会の検討結果が「県に責任がないとは必ずしも言えない」ということであったので、合理的である限り全面的に補償することにしたのです。

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