和歌山IR否決のその後

 令和4年4月20日、私にとっては残念なことながら、県議会で和歌山県のIR、具体的にはそのために国土交通省に認定してもらうべく準備した区域整備計画が否決されたので、これまで数年間準備してきた和歌山IRを進めることができなくなりました。法律に定める民主的手続きの一環でありますので、仕方がありません。

 しかし、これによって、最近、私の子供の頃のような活力を失っていた和歌山県を一気に浮上させ、人口の減少に歯止めをかけようと考えた有力な手段がすぐには実現できなくなります。
 私は就任以来、この退潮に歯止めをかけようと、産業活性化で雇用を増やし、新たな企業やプロジェクトも誘致し、そのための条件として高速道路などのインフラの整備、都市の再生、福祉や医療や教育の充実などに努力してきました。
 しかし、そう容易ではありません。一例をあげると企業誘致に関しては、和歌山のような道路の事情が悪い所へはいけませんとか、悪評を何とか克服して、誘致件数だけは、それまでの約25年間の93件に対して、就任後の約15年間で264件と大いに増やしましたが、ちょうど私が就任をした頃から日本で大型の製造業投資案件なくなっていたので、一気に趨勢を覆すところまではいきません。一方新規に伸びる所もあれば、過去頼りにしてきた企業などで撤退、縮小が起こるというのは避けられません。ENEOSの石油精製機能の停止などはその代表です。したがって新しい案件にチャンスがあるならばどんどん手を出していかなければいけないと私は考えました。IT産業の誘致、ロケット発射場の誘致、観光業の新展開などサービス産業化の流れに沿った案件が最も有望なジャンルです。和歌山IRもその一環で、投資額4700億円、毎年の県民所得10%アップという大型案件がとりあえずなくなってしまったのは和歌山にとっての痛手です。

 議会で反対票を投じた議員の方々はそれぞれ信念をもって議決権を行使されたわけですから、それぞれに反対理由があるでしょうから、それが間違っているとは誰も言えません。ただそれぞれ支援者の方々や県民全体に対して、なぜ反対をされたのか、おそらく多くの方々から説明を求められると思いますので、それにお答えされたらいいと思います。
 もう議会の決定はなされたのですから、いつまでもこれを引きずって、対立したり、ましてや憎しみあったりすることなく、また、これからどうするかで力を合わせていけばよいと思います。

 そのためにも、今から振り返りますと、案件に反対した議員には
(1)IRはそもそも反対だ。依存症等の弊害は恐ろしいと考える人と、
(2)IRは賛成だが、この案件は不十分だし、信用できないので反対だと考える人
の2通りがあったと思います。いずれも各議員の信念と責任に基づくべきものであって尊重しなければいけないものです。結果は覆らないし、判断はそれぞれの議員のものですから、他人がとやかく言うことはできません。ただ、以下は(1)、(2)それぞれの議論に多少関係のある事実だけを述べて、記録にとどめておきたいと思います。

(1)まず、IRと依存症等との弊害の関係ですが、法制上は賭博を公営の限定したものしか認めていないという世界でもほんの少ししかない国である日本で、民間の賭博行為を例外的に解禁しようというのがIR法なので、世界でも例を見ないほど厳しいものになっています。これを見て、当初、法律の規制が十分でないとIRで日本国民に新たな依存症が発生してしまう恐れがあるからと和歌山のカジノは外国人に限ると言っていた主張を私がひっこめた経緯もあります。この法律ならどう見ても日本人が依存症などで酷い目にあう恐れはとても低いと思えます。法律もカジノ管理の部分がものすごく分厚く、こんな法規制は世界のどこを探してもないだろうなと思いました。
 しかし、私は慎重です。そんな厳しい日本の法規制でも穴があるのを発見しました。そして、和歌山のIRにおいては、独自の規制を上乗せして、その穴を塞ぐことにしていました。大阪や長崎のケースはどうしているかは、私は知りません。

 その1は、一発破産リスクです。IR法により日本人はカジノでは現金しか使えません。ATMも設置を禁じられています。本人、家族から利用制限要請が出たら、カジノには立ち入れません。しかし、もし、人生に疲れ、一攫千金で一気に逆転人生を達成しようとした人が、全財産を現金に換えて持参して、これで勝負させてくれと言ったらどうでしょう。そういう人は、大体は勝負に負けるでしょうから、一文無しになってしまいます。こういう人の発生を防がないと、悲劇が起きるかもしれません。
 そこで和歌山IRにおいては、現金を持って来られた方にまずIRカードを発行し、そこに現金をチャージしますが、1日に使える分は、例えば10分の1とかに設定して、その分をすってしまうような人には、家族に連絡して家族が望むなら、次の日から入場制限がかかるという工夫をしていました。こうして一発破産の穴を完全に塞ぐことにしていました。
 その2は、私はこの厳しいIR法による規制上最大の穴だと思っている、カジノ利用者に対するIR事業者の貸付です。いくら現金に限るといっても、この貸付でどんどんカジノ資金を融通したら、依存症や破産リスクを防げなくなってしまいます。なぜあの厳しいIR法の中にこんなものが入ったか私はとても疑問ですが、和歌山IRではその穴も塞ぐことにしていました。それは、貸付を行う事業者は貸付の対象者を1,000万円以上の金銭を預け入れている者に限定するとともに、現在の金融資産や借金の状況をチェックして、例えば現に預金残高に確保している金額の範囲内でのみ貸し付けを行ってもよいとするということを事業者と県の約束事としてはっきりさせておくということです。
 これと上記その1を組み合わせれば、日本国民が新たな依存症や破産になる可能性はどこにあるのでしょう。とにかくカジノは危ないから反対だという人に、私はいつもそう問うていました。もちろん、その答えを聞いたことはありませんでした。

 和歌山IRが否決されたという事実は覆りませんが、ここまで考えて工夫をしていたということは事実だし、将来またIRを構想するチャンスがあれば生きてくると思います。また、日本の他のIR案件でも当然考慮されなければならない、そうでなければ穴があるということは事実であります。

(2)一方、IRに賛成だが、県が提案した案件は頼りないし、信用ならないという議員もおられました。その考えも議員一人一人の判断ですから絶対的なものだし、尊重しなければいけないし、一度なされた議決は何人も覆すことはできません。それに、そのような議員の中には、IR実現のための別のシナリオがあって、県のシナリオより、別のシナリオの方が実現性は高いと主張される方もおられました。IR賛成ということは、県の退潮を止めるためには、IRのチャンスを生かすべきだという私の主張に賛成をしてくれているわけですから、いったん議会の否決があったので、県の提案したプロジェクトは使えませんが、先ほどの別のシナリオもぜひ育て、実現していただいて、また力を合わせて、近い将来IRというチャンスも生かせたらと思います。
 議会で賛成、反対が分かれたわけですが、反対した方は支援者、有権者にその立場を説明することによって責任を取られればいいのであって、そういう方々にけしからんとか、愚かだとか、仕返しをしてやるぞとかといって対立を煽るのはどうかなと私は思います。一旦決着はついたのですから、また皆で力を合わせて次なるチャンスを追求したらいいのではないでしょうか。

 ただ、議会の議論の中で、どう評価するかという判断の問題でなくて、事実ではないなあと思うこともありました。時間の制約もあり、議会では十分説明できなかったこともあり、これからの新たなプロジェクトの進め方にも影響しますので、ここに記しておきます。
 それは資金手当て、端的には貸付約束の形式の問題です。大阪IRの場合、日本の二つのメガバンクを含む融資シンジケート団が融資を行うと発表され、ほとんどの人が信頼に足りると思いました。そしてこの二つのメガバンクは、オリックスとMGMというIRの事業者に「コミットメントレター」を出したので、確実だといわれました。
 一方、和歌山IRの場合は、いろいろなプロジェクト造成が主として海外で行われたので、融資資金の集め方も海外流でした。と言うよりも海外でこれまでたくさんのカジノまたはIRを実現してきた方法で行うというのが事業者のクレアベストの提案でした。それはクレディ・スイスというこのIR分野ではこれまで多くのプロジェクトを金融面で支えてきた世界的大銀行が、「このプロジェクトは信頼できるので、融資機関をアレンジする十分な自信があります。」と宣言したレターを発するという形でした。このレターは、「ハイリーコンフィデントレター」と言います。直訳すると、高い自信を持っていますというレターです。このプロジェクトが信用できないという人は「コミットメントレターは法的に拘束力があるので信頼できるが、ハイリーコンフィデントレターは法的拘束力がないので信頼できない。」とその形式で当否を主張していたのですが、それは必ずしも正しくはありません。
 「ハイリーコンフィデントレター」を出したクレディ・スイスはその後、実際の融資期限までに、融資団のフォーメーションを決めて融資を実行させるわけですが、事業者のクレアベストを通じて行われたクレディ・スイスの説明によると、今まで多くのプロジェクトをこの方式で成功させてきたが、一件も失敗したことはないとのことで、その成功例を議会の特別委員会で議員に限り要回収資料で示していました。いつもはクレディ・スイスの実際の融資団の組成は実際の貸し付けが実行されるまでというペースのようですが、今回は、特に議会の信頼性の懸念もあったし、県議会で通った後は国の厳格な審査もあると思ったのか、クレディ・スイスの組成努力もずいぶん前倒しし、すでに出資や融資をすると表明した企業の中で金額限度も示して融資表明をした企業の金額の総和だけで、総投資事業額4700億円を上回っているという報告も県議会になされていました。
 こういうクレディ・スイスというアレンジ役のもとに実際に出してもよいと表明する融資企業の融資意図の表明方式を「レターオブインテント(LOI)=意向表明書」と言います。よく意向表明書などは当てにならないという人もいますが、「コミットメントレター」、「ハイリーコンフィデントレター」、「意向表明書」のいずれも、それぞれの中でも中味は様々で、この3つの手法によって決定的に法的信頼性が変わるわけではありません。法的信頼性はその中味次第です。

 まず意向表明書の場合ですが、誰が表明したかが大事です。いい加減なことを表明すると社会的名声に響きますから、信頼される企業かということが大事でしょう。次に、意向表明書の場合は、特に注意しなければならないのは、その意向が発出企業の機関決定を得ているかどうかであります。それを得ていないと、意向表明書が有力企業の発出権限を与えられている人が出した有効な表明書であっても、社長の意向や取締役会の動向によっては否定されてしまうこともあります。したがって、機関決定を得ているかを調べるべきでしょう。これがなければ全く意味がないというものでもありませんが、確実性は低くなります。機関決定を得ているものは、大体世間に公表されてもいいというものが多いと思います。逆に機関決定を経ていないものは、それが済むまでは公表不可というものが多いようです。また全額限度を表明しているものは、機関決定まで取り付けないでそこまではできないだろうなあと私は想像します。したがって全額限度を意向表明書で言っているものや、公表可としているものは、かなり信憑性が高いと考えていいのではないでしょうか。ハイリーコンフィデントレターも同じで、どういう機関が出したが、その時、その企業の中で意思決定がきちんと出されているかというようなことが問われると思います。
 一方、コミットメントレターなら、100%完全かというとそんなことはありません。コミットメントレターは「自分で融資します」ということをコミットするためのものだということが前2者と違うだけで、その中味が信頼に値するかどうかは種々分かれます。まず誰が出したか、そしてそれが企業の中の機関決定を経ているかということです。実は私が知り合いから入手したコミットメントレターのひな型には、融資することをコミットしますと宣言するくだりの後に、例えば、自社の機関決定を得られないときは責任を持ちませんとか、経済情勢により自社の業績が悪くなった時は責任は持ちませんといった限定条件を書くようにされているものもあります。そういう時は、法的拘束力は、ハイリーコンフィデントレターを出した融資のアレンジをする機関に対し個々の金融機関が差し出した意向表明書と同じか、あるいはそれよりも弱い拘束力しか持たないものもあります。
 したがって、要は中味の問題で、差し出した文書の種類で信用できるできないと断じることは論理的に間違いです。ただ、中味をよく吟味してやっぱり和歌山IRの県提案は信用できないと判断されたことは、他人がその正邪を判断することはできませんので、あくまでも判断者の自己責任です。今後の和歌山の歴史がそれがよかったのかどうかを明らかにしてくれるでしょう。私は、最終的に整った資金計画は十分信頼に足りる、これなら、国に説明して認定してもらえると思ったから議会に提案したのですが、否決されたので、国に申請を出すことはできず、国に認定されたかどうか、すなわち私が正しかったかどうかは証明することができなくなってしまいました。
 ただ、私としてはようやく最後に出来上がってきた、クレアベストのチーム、経営者のマリオ・ホー氏、シーザーズ、クレディ・スイスは十分にいいメンバーだったと今でも思っています。4700億円の投資額であった和歌山IRは追求できないわけですが、和歌山県が未来永劫IRを諦めてしまう必要もありません。県議会の反対票を投じた議員の多くは、IRは賛成で別のシナリオでIRを将来実現したらよいという人も多数だったと思います。マリオ・ホー氏も、私が県議会の賛成が得られなくて申し訳なかったと4月20日の議決後すぐに電話で連絡したことに対し、先日そのポジションをプレスリリースしました。(以下別紙につけます。)まだIRも、和歌山での投資も追求していこうという姿勢のようです。IRでないと、すなわちカジノの力を借りないと4700億円という規模の投資はまず無理だと思いますが、カジノ抜きなら、様々な法規制は不必要なわけですから、マリオ・ホー氏はもちろん、他の投資家に対しても、今回の失敗にめげず、和歌山の退潮を食い止めるため、投資誘致は進めていきたい思います。

(別紙 クレアベストニームベンチャーズのプレスリリース)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000086467.html