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行政の長としての知事、政治家としての知事
2010年06月02日
2006年の11月、私は決心して「知事選挙に出馬します」と記者の皆さんに発表しました。その時「どんな政治家になりたいですか」と聞かれて 「私は行政の長としての立派な知事になりたいので、政治家としての知事になりたいわけではありません。」と言ってしまいました。それが新聞にキャリーされ まして、それはどういう意味かとけっこう詰められました。特に尊敬する議員先生からは「前の知事は、自分の仕事はウィークデーだけで、休みの日は仕事をし ないのだと行事にもまったく出てこなかった。政治家というものは365日無限定に選挙民に奉仕すべきもので、官僚とは違うのだ。政治家としての知事になり たく無いというのは心得違いではないか。」と諭されました。私はこれに対しては、「私は役人も無限定に国民や県民に奉仕すべきものだと思っており、休日も 公務のある時はそれを優先すべきであるとの覚悟はあります。申し上げたのは、当選したらひたすら県の行政を良くするために100%献身して、選挙や自己保 身のために、それを犠牲にして駆け引きをしたりしたく無いと思ったのでそう申しましたが、考えてみたら、知事も選挙で選ばれるわけで、政治家そのものです から表現は明らかに変でした。」と申し上げ陳謝をしておきました。
表現はともかく、知事就任以来3年半、まさに「ひたすら県の行政を良くするために100%献身をしてきた」つもりです。
そのために「少し手を抜かないと嫌われるぞ」とか「選挙で損をするぞ」とか、親しい友人から親切な忠告をいただいた事も 再三です。でも、それを有難いと思いつつ、ひたすら良い行政を行うためにがんばって参りました。選挙のため、人気をとるためにがんばってきたわけではあり ません。
だからこそ、多くの県民の皆様、各団体から再選への推薦状や支持をいただきつつある事に対しては、涙が出るほど感激するわけであります。
しかし、眼を転じて国政を見ますと「本当に政治家のための政治」だらけのように見えます。選挙で有利になるのなら、法律 を通そうとか、こういう制度を作ってとか、そういう良い行政をする事はどうでもよくて、とにかく勝てば良いのだとでも言いたくなるような政治が横行してい ます。そういう政治の争いの中で日本は大揺れです。こういう政争から中立で安定した行政を期待されていた国の官僚は、バッシングの中にやる気を失くして立 ちすくんでいるようです。
国の混乱は、すぐに県の行政や県民の生活に響いてきます。我々も無害ではいられません。しかし、だからといって県が手をこまねいていてはいけません。和歌 山県を良くしようとする全ての人々の力を結集し、特定の人々の排除に走ることなく、深い情を持って、かつ理で説明のつくような出来る限り最善の行政を続け なければなりません。県の全ての職員の力を100%引き出して、まさに行政の長として100%献身をしていかねばなりません。
私は、選挙に勝つための政治をしたいのでは無く、良い行政を追求するような政治をしたいのです。3年半前に発言した事の真価が問われる時だと思っています。
