津田永忠さんのいた岡山県

 和歌山県の恩人の一人に岡山県の両備ホールディングスの小嶋光信会長がおられます。今から16年前、経営不振から廃線もやむなしという境地にあった南海電鉄貴志川線を当時のオーナーであった南海電鉄から引き継ぎ、大幅な合理化と積極的な投資で見事存続を成し遂げてくださった方であります。とりわけ、当時終点の貴志駅の隣の売店に飼われていた三毛猫のたまちゃんを貴志駅の駅長に任命し、世界に向けて猛烈に「猫の駅長」をアピールして、世界中から観光客を集め、普通の南海電鉄の車両をデザイナーの水戸岡鋭治さんの協力を得て、次々といちご電車、おもちゃ電車、たま電車、うめ星電車という魅力的な電車に生まれ変わらせて、観光客の気持ちをくすぐり、最近では、一日中でも電車に乗って楽しめるたま電車ミュージアム号まで走らせるという素晴らしい企画力であります。
 たまちゃんも、スーパー駅長→執行役員→社長代理と社内で栄進しますので、和歌山電鐵から何か表彰状でもと所望された時、小嶋さんの企画力に対抗するにはこちらも頭を使わねばと、一代限り勲功爵(ナイト)の制度を採用して、たまちゃんを和歌山県で初めての勲功爵、すなわち貴族に任じ、さらに何かいただけませんかと言われた時は、貴族の次はもう神様しかいないと、大明神の称号を差し上げたものでした。

 お陰様で、和歌山電鐵貴志川線はずいぶん経営も立ち直ってきましたが、観光客はほどほどに来て乗ってくれるのですが、肝心の住民の方があれほど存続運動をした割にはあまり乗ってくれないという状態が続いていました。そこへもってきて新型コロナです。外国人観光客がいっぺんに減って、国内観光客も来にくくなり、おまけに風水害まであって経営も再び苦しくなりました。
 もともと小嶋さんは、このような地方鉄道の在り方には一家言があり、立派な著作もあって、「公設民営」という考え方の強い持ち主です。我々和歌山県のこの貴志川線のケースも、小嶋さんにこれほどお世話になっているのだから、本来はその方式で行くべきなのですが、形も公設になりますと、どうせ県と市の持ち物だからもう安心だ、どうなっても廃線はないぞと住民の方が安心して余計乗らなくなるのではないかと心配して、形は民間所有のままとし、経済的な意味で実質的に公設民営になるように、県や市の助成を考えさせて下さいとお願いしてこれまで参ってきたわけです。しかし、今回の経営危機で明らかになったのは、県や市がいささかまだ小嶋さんに甘えていて、本当の意味で「実質的に公設民営」になっていなかったということです。そこで、制度ももう一度改めさせてもらい、電鐵側も本当に一生懸命頑張って下さった結果、再び赤字が解消される事態となっています。たまちゃんの亡き後も、ニタマちゃん、よんたまちゃんが大活躍中です。

 その小嶋さんにDVDをもらいました。岡山藩の家臣で津田永忠さんのお話です。この人のことは、私は不勉強で全く知らなかったのですが、池田光政、綱政両公に仕え、段々とその才を認められて、岡山藩のために極めて重要な仕事をした方です。その業績をざっと上げても、瀬戸内海の膨大な新田開発、大規模な河川改修による治水事業、あの名庭園後楽園の建設、誰でも学ぶことのできた閑谷学校の開設…と枚挙にいとまがありません。聞けば、池田光政公が招聘した陽明学の熊沢蕃山に師事して、その思想「知行合一」のよき体現者であったとのことです。

 同じ儒学でも朱子学と陽明学は大違いです。その根本思想の「知行合一」も、知識も実践を伴わなければ意味はない、格好つけていても国民や県民のために本当に利益になり幸せをもたらすものを実現しなければ意味はないということで、大変重くてかつ我々が人生の指針にしなければならないことであります。特にその我々という人が私のような行政のトップであったり、国の政治や行政の責任を有するような人であったりすると、特にそうであると思います。
 聞けば、この津田永忠さんを顕彰するDVDを作られたのは、小嶋さんその人であって、小嶋さんの郷里に関する知識の深さ、郷里に対する愛情がうかがえます。考えてみれば知行合一の精神を最もよく化体された経営者だと思います。

 岡山県は、津田永忠さんの知行合一の働きにより豊かで文化的にも優れた地域となりました。和歌山県の今も、また、自分の地位や利益ではなく人々の幸せのために、すべての知を動員して郷土の将来のため献身してくれる津田永忠さんを求めます。