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仁坂吉伸の思い

学校における部活動をどう考えるか

2022年08月29日

 日本全体で今大きな波となっているものに「働き方改革」があります。名前はかっこいいのですが、私はとにかく働く時間を減らそう、残業を減らそうということだけに世の関心が向いているのは、まだまだ議論が未成熟だと思います。時間の問題だけでなくコロナを契機に拡大したテレワーク、二地域居住、和歌山県が概念自体を提唱して流行したワーケーションなどなど、さまざまな方法が今後検討されていくものと思われます。
 私は、通商産業省の出身で、この役所はあまりに残業時間が多いので通常残業省と呼ばれていた、当時文句なしにトップクラスのブラック企業でありました。そんなに残業ばかりで仕事ばかりしていていいものであるはずがありませんが、少なくとも当時の私の周りでは残業を呪う声よりも、その中でいろいろな仕事を企画して挑戦したり、危機に直面して必死で頑張ったりすることを自負する雰囲気の方が強かったように思いました。私も入省前は、そう体も強くなかったので、これは耐えられるかなと心配をしていましたが、何とかなってしまって、けっこう健康になってしまいました。一番大事なことは、精神的にどこまでプレッシャーがあるかであって、嫌なことを我慢しながら仕事に耐えているようであれば、残業時間が仮に短くても心身を壊す確率は高くなるというのが私の経験知です。その意味で現在の官僚に対する冷たい世間の目と政治による締め付けの下で、長時間の労働を強いられたら、あっという間に参ってしまう人が出てくるでしょう。

 その中で、学校の先生の勤務時間の長さが問題となっています。私も教育は県政の大事な要素なので教育委員会に任せず、たくさんの改革をしてきました。先生方への授業方法の研修、授業についてこられなくなった子供への個別補習、道徳教育、郷土教育、就活を通じての就職先決定、いじめ、不登校へのマニュアルを通じた全員対応等々であります。すべて必要なことと思いますし、また世間の評価も高いのですが、これらによりただでさえ忙しく、長時間労働を強いられている先生方への負担がより大きくなるかなと、それだけはとても気がかりです。

 そこで合理化できるものはしようと考えて、教育委員会の諸君に口を酸っぱくして言っているのは、つまらない連絡会議などはほどほどに、先生としての本質的な教育以外の教育委員会への報告書の作成とかロジスティックに偏した雑用とかは大いに手抜き工事で、といったお願いをしていますが、果たして現場はどうなっているかが心配です。

 そんな中で特に問題になっているのが先生の部活指導です。部活には顧問の先生がいて、監督など技術的リーダーも兼ねていることもあって、そうなると休日の部活のために先生は休日もなく部活の指導をしなければなりません。そこで、これは放置できませんので、少なくとも先生が休日はきちんと休めるように、それが無理なら代休が取れるように、外部の専門家や地域の団体の活動なども活用して、あまりにも先生に負担がかからないようにしてきました。私は、まだまだ不十分かもしれないと考えていて、お金もかかるし、専門家といってもそんなに簡単に見つかるものではありませんが、これからもさらに努力を続けていこうと考えています。

 しかし、このような先生の疲弊を憂慮してとは思いますが、スポーツ庁の有識者会議「運動部活動の地域移行に関する検討会議」が、令和4年6月6日スポーツ庁に対して提言を行いました。これによると、今まで学校を通じて行ってきた子供の部活動は、基本的には学校から地域に移行するというものです。もう少し詳しく紹介すると次のようなものになります。
 少子化の中でも、子供たちがスポーツに継続して親しむことができる機会の確保に向けて、令和5年度から3年間を目途に、まずは、公立中学校における休日の運動部活動から段階的に地域移行を進める。また、平日の運動部活動の地域移行については、できるところから取り組むことが考えられ、地域の実情に応じた更なる改革を推進することなどが示されています。
 これに対して、スポーツ庁の室伏長官は、「今回の提言を踏まえ、今後、実践研究の事例集の作成・普及、ガイドラインの改訂や各種通知の発出、部活動の現状に関する調査や概算要求など、しっかり取り組んでいきたい。」としています。
 私はこの検討会議の見解には反対です。学校における部活動の意義を正当に評価しているとは思えないからです。部活動のような行為は学校で行わなくてもよいから、社会に任せてしまえという考えだと思いますが、それは日本の学校教育の根幹にかかわるもので、私は反対です。部活にかかわる先生の疲弊といった問題とは別次元の、ある意味では日本の学校教育の設計思想に反する考えだと思います。

 私は今から30年ほど前イタリアのミラノにいました。その時大学関係者などと大いに親交を結んでいましたので、イタリアの教育制度などを少しは勉強し、日本とは大いに違うなあというところもいくつも見つけました。その1つがイタリアの大学には部活がないということです。おそらく中等教育も同様でしょう。スポーツをしたい子供や音楽などをしたい子供は、地域にあるクラブなどに所属してその道をきわめます。イタリアの識者からすると、大学は学問をするところであって、スポーツ部などを作って、学問以外のことにうつつを抜かすところではないということなのでしょう。このような状況は大陸系の教育システムを有している国では多かれ少なかれあると思います。一方、イギリスやアメリカでは話が違います。大学や高校には、バスケットボール部やラグビー部、アメリカンフットボール部、ボート部、クリケット部、野球部などたくさんの学内の部活動があって、これらの活動は、学生の全人格形成のための重要な要素と考えられていると思われます。体を鍛えたり、情操を磨くだけでなく、チームプレーや対戦相手を敬う気持ち、フェアプレーの精神や自らの属する組織への献身など重要なことを学ばせる道具になっているはずであります。
 もちろんそういうことは、大陸系の教育システムの中でも大事な要素であって、おそらくは、地域のクラブが単なる運動や音楽の技量を磨くところではなくて、組織の中で上記の大切な人格形成も助長するような仕掛けになっているのではないかと思います。

 そういう大陸系と英米系の根本的に異なる教育システムのうち、明治以来日本は明らかに英米系の教育システムを採用しました。したがって早慶対抗学生野球やボート試合、甲子園や春高バレー、インターハイや高文祭といった様々な仕掛けの中で、子供たちは鍛えられていくこととなったのです。
 一方、このように学校教育でスポーツや文化活動の多くの要素を取り入れた反面、地域におけるクラブの組織の機能はそれほど発展していません。これには社会人のスポーツなどの場合、企業チームの活動が強力であったということも大きいと思います。

 私は件の検討会議に参加している識者の方が、どれほどこのような学校教育の「型」の違いを理解しておられるか知りません。ひょっとしたら分かっていないのではないかと疑っています。少なくともスポーツ庁から上記提言を紹介され、かつ段階的に地域移行だという政策につき指導を受けた教育委員会の職員は全く分かっていませんでした。今のままでは、学校教育の大事な一要素であると日本の社会の中で定着している部活動を地域の組織に移行できるわけがないのです。本当に移行しようとしたら、学校教育の在り方全体を、根本的に変更することにしないといけないでしょうが、それを示唆する動きは政府にはありません。
 したがって、私は「部活動を基本的には学校から地域に移行する」という政策には、反対です。

 もちろん、一方では現実との妥協もあります。先生方の疲弊を防ぐため、休日その他一部の部活の外部委託は必要でしょう。また、少子化の中で一つの学校内だけでは十分な部活動ができなくなることも考えられ、そういう時は地域にいくつかの学校の生徒が集まる組織を作っていくということも必要でしょう。でも、その時でも子供の全人格的教育という従来から部活動なども含めて達成してきた理想を愚かにも捨て去ることは許されません。

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