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仁坂吉伸の思い

野田佳彦元総理の故安倍晋三元総理の追悼国会演説

2022年11月04日

 10月25日、衆議院の本会議で、立憲民主党の野田佳彦元総理が故安倍晋三元総理の追悼演説をされました。素晴らしいことで、素晴らしい内容だったと思います。
 凶弾に倒れた安倍総理の国葬儀の開催については日本中で賛否が分かれました。野田元総理の属する立憲民主党は党としては反対の立場でしたが、野田元総理は「欠席するのは人生観から外れる」という名言を吐いて出席されました。私はこのメッセージ(令和4年9月29日「安倍元総理国葬儀」)にも書いたように、賛成の立場ですし、賛成であろうと反対であろうと、国が決めた大事な行事に県知事として出席しないわけにはいかないという立場から出席しましたが、野田元総理の属する立憲民主党は反対で欠席という方が圧倒的に多い中で、一人孤高を貫くのは容易なことではなく、勇気と覚悟がおいりになったものだと推察していました。

 私は、前のメッセージで、葬儀の最中まで反対反対と気勢をあげるがごとき行為は、堂々と意見は戦わすが、相手の死に際しては、そしてその死を悼む儀式のときは、意見はひとまず置き、死者に礼を尽くすというのが日本の古よりの美風だったのではないかと批判しました。野田元総理の行動を見て、この人は日本人としての行いの美しさを持っている人だと心中尊敬の念を深めたところでした。野田さんはやはりそういう人だったのだと。そういえば、野田さんが民主党政権下の3人目の首相として総理になられたとき、私が大変敬愛している高名な学者で、政府のアドバイザーも多くされてきた方が、「私は野田さんはぜひ応援してあげたいのですよ」とおっしゃっていたことがなるほどと思い出されました。

 その野田元総理が表記の演説をされたのです。私はその全文を報道から読んで感動しました。そこには立派な心を持つ人だけが発することのできる素晴らしい追悼の言葉が並んでいます。生前は政治上の好敵手として、真剣に切り結んだ相手を悼み、労い、そして讃え、何よりも凶弾によって安倍元総理ともう一度、いや何度でも国政の是非をめぐって言葉を尽くして競う機会を喪失した悲しみを語っておられ、心を打たれます。

 その中で野田元総理は、「あなたに謝らなければならないことがあります」と言って、遊説の時「『総理大臣たるには胆力が必要だ。途中でお腹が痛くなってはダメだ』と高揚した気持ちの勢いに任せるがまま、聴衆の前でそんな言葉を口走ってしまいました。他人の身体的な特徴や病を抱えている苦しさを揶揄することは許されません。語るのも恥ずかしい、大失言です」と述べられております。おそらく、野田元総理は、すぐ自分の発言が間違っていた、人を傷つけたと分かられたと思います。しかし、それを失言だと言って攻める人もおそらく居ず、黙っていれば誰も忘れてしまうようなことを長い間申し訳ないと思いつつ心にしまっておられる野田元総理は、本当に素晴らしい人だと思います。人間の良心、正義、思いやりといった美徳を色濃く持ち続けた人だと心から尊敬します。

 野田元総理率いる民主党の3回目の政権の時、紀伊半島大水害が発生しました。その前の民主党政権でせっかく全国に追いつくチャンスを得ていた高速道路の建設資金を根こそぎ召し上げられてしまい、農業資金のお金もすっかりなくされてしまい、私の考えていた和歌山再興計画がガタガタになった時もありましたが、紀伊半島大水害の際は、野田総理、平野防災担当大臣そして前田国交大臣が和歌山の復旧復興に随分助けてくださいました。そんな大恩ある野田元総理に、私は、野田元総理が安倍元総理に対して謝罪したように、謝らなければならないことがあります。もちろん、野田元総理はご存じないでしょうが、あの大水害の際、私は野田元総理に対してむちゃくちゃ失礼な言葉を吐いております。

 昔も今も大災害が発生した時、被災された人々は、とても悲しい気持ちになります。そういう時、時の為政者や有力な政治家が現地を訪れたら、被災者のことをよく考えてくれている人ということで、好感を持たれます。したがって、被災地にはよく政治家が訪れます。現地側としては、状況をよく理解してもらえ、その分支援を期待できるということもあり、そうでなくてもそのお気持ちだけでもありがたいことですが、その際には、人命救助や復旧に多忙を極めている現地側の担当者はお見舞いに来てくださった方に被害状況や対策の説明をしないといけませんので、本来の人命救助や復旧に専念する時間も減り、つらい場合もあります。また、紀伊半島大水害の時の私のように、災害対策の司令官はあらゆる関係者から情報を集めて、その人々に必要な指令を発するため災害対策本部をあまり動くべきではないと私は思います。東日本大震災の際の福島第一原子力発電所の被害状況を、時の菅総理がヘリコプターを仕立てて視察に行き、その間「大本営」たる政府の災害対策本部を留守にしたということでさんざん批判をされました。一般には現地視察、被災者への慰めということは絵になってマスコミにも報じられるし、被災地に寄り添う政治家として人気が出るということなので、そうされたのだと思いますが、前述の理由で、最高司令官はあまり動くべきではないと思います。圧倒的に悲惨な災害の前に人気などを考えたらいけないのです。

 そういうわけで私は発災から数日はできるだけ「大本営」である災害対策本部にいて、朝夕二回あらゆる関係機関に来ていただいて、本部会議を開いて、状況の共有を図り、必要な対策を決定し、指令を発していました。しかし、政府の直接の責任者である防災担当大臣の平野達男さんが視察にお見えになるというのでご一緒いたしました。平野大臣には発災当初から本当に親身になって助けていただいた恩人ともいうべき人であり、政府の責任者でもありますから、私は司令官だから行きませんというわけにはいきません。そこでヘリコプターに同乗させていただいて被災状況を上空から見て把握し、那智勝浦町の那智谷の被災状況を一緒に視察しました。
 ここは、あの紀伊半島大水害で最も多くの死者を出した、被害の一番大きかったところです。政府のアレンジで、大臣一行は、バスで行けるところまで行き、車窓から被害状況を大臣に見ていただき、急ピッチで進んでいる復旧作業をご説明しました。バスの周りは本当に悲惨な状況で多くの家屋が濁流の流れた筋に沿って跡形もなく、残りの家屋や、公共施設も被害のないものはないという状況でした。住民の方々は、泥だらけになって家屋からどろどろの畳や家具を運び出しているところでした。そこへバスで入ったのですが、大臣や政府の人はどう思われたかわかりませんが、私には、住民の方々の我々を見る冷ややかな目線が忘れられませんでした。
 その時は私は再びヘリコプターに乗って数時間で和歌山市の災害対策本部に戻りましたが、その数日後、今度は、野田総理が視察にお出でになることになりました。そうしたら、内閣府の防災担当から指令が来て、野田総理は被害にあった那智谷を通って、奥にある大門坂駐車場までバスで入るので、その間復旧作業を中止して道を開けよというのです。被害のあった那智谷は小さな川である那智川のそばを通っていた県道がズタズタになり、ほとんど全線で、ブルドーザーやショベルカーが川に入って、川から石をもと道があったところに放り上げる作業をしていて、そのための車両が、もう一本県道と並行して走っているごく狭い町道をひっきりなしに往来している状況であったのです。その町道を総理の視察のために開けよというのは、復旧作業をその間中止にせよということになります。私はカンカンになって怒りました。
 本来早期復旧を支援すべき総理が視察をするから作業を遅らせよとは何事か。また平野大臣の時に感じた住民の冷ややかな目線が野田総理に向くことになってもよいのか。ただでさえ菅前総理がヘリコプター視察であんなに批判された後なのに。私はそう思いましたので、内閣府の防災担当の事務方トップに事情を説明して、野田総理の現地でのスケジュール変更を進言しました。もちろん立派な平野大臣にお願いをしようとしたのですが、ずっと連絡が取れなかったのです。
 そうすると、答えは「変更はできない。今の計画は現地選出の民主党の国会議員がかねてより熱心に振興に取り組んできた世界遺産の熊野古道の一部である大門坂の被害状況を総理に見てもらうために強く望まれたので、与党の政治家が強く言われることを事務方の我々が変えるわけにはいかない」ということでした。いくらそうであったとしても、一日でも一時間でも早い復旧を望んでいる被災地の住民の立場からは、許されることではないと私は思いました。そこで私は現地の復旧作業の指揮官にこう命令しました。「たとえ誰が何と言おうとも復旧作業をやめるな。そこへ総理が来るというのなら、車ごと那智川に叩き込め」。その後平野大臣に連絡がとれ、窮状を訴えたところ、さすが平野大臣は瞬時に状況を把握され、決断されて、視察スケジュールをあっという間に変えてくれました。したがって、総理を川に叩き込むようなことはなく、野田総理は那智谷の入口の所に設けた現地救護本部で被災状況と復旧ぶりについて我々の説明をお受けになり、その場に来ていただいた被災住民から子細に発災時の恐怖とその後の復旧作業について、心を込めてお聴き取りになりました。もちろん、野田総理は私が暴言を吐いたことなどご存じはないと思います。しかし、あんなに親身なって紀伊半島大水害からの早期復旧とその後の復興を助けてくださった総理について暴言を吐いたことについて、私はずっと反省し、心を痛めていました。

 野田元総理のあの安倍元総理への追悼の名演説の中で、「謝らなければならない」という野田元総理の真心のひそみに倣い、私も野田元総理に対し、あの暴言を吐いたことを心からお詫び申し上げます。そして和歌山県民を代表して時の政府のご支援にお礼を申し上げます。

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