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海南-有田間の4車線化工事の完成に思う。
2011年04月20日
4月19日、工事をやってくれた西日本高速道路株式会社(NEXCO西日本)と同時に、懸案の海南・有田間の高速道路上り車線の2車線化工事が5月21日に完成する予定であると発表しました。
昨年7月下り線の2車線化が完成しましたので、今まで南下する車が休日の午前中などに、2車線から1車線になる海南ICあたりまで、えらい渋滞であったのが大分解消されました。一方上り車線はこれまで一車線の上り下り対向型で運用されていましたので、これを上り専用の2車線に改造する必要があります。休日を中心に、南紀から帰途につく観光客などの車が有田IC付近から南方向へものすごい渋滞になっていましたので、これを一日も早く解消したいわけです。ところがこのための工事もそう簡単ではありません。
もともと現実に交通のある所を直すのですから、段取りも大変ですし、中には下津ICの入口のように大幅に直さなくてはならない所もあります。下津ICはトンネルとトンネルの間の狭い空間で、車を本線に入れないといけないものですから、地形的に困難がありました。ただ今までは片側一車線の往復供用で、その分制限速度も低くしていましたので、急な角度で本線に入れても許されましたが、片側2車線化してスピードも上がったこれからはそうもいきません。入路をスムーズにするために、トンネルの一部も外側に削って、十分な加速レーンを付けないといけないわけです。
このように、けっこう難工事なのですが、これが完成しないうちは上り車線の渋滞はまったく緩和されません。こういうひどい状況が続けば続くほど観光客の南紀離れが憂慮されるわけです。NEXCOは、下り線2車線化が完成した時には、この上り2車線改良の完成期を「23年夏ぐらいまでには」としていたのです。
しかし、もっと早く突貫工事をしてやってもらえないか、5月22日には和歌山県のビッグイベントである植樹祭もあり、天皇皇后両陛下も来られるのに、その時に工事が完成していないというのは困ったことではないか、私はそう考えて、ちょうど私自身の選挙の直前、大阪にNEXCO西日本の西村社長をお訪ねして、強くお願いをしてまいりました。当時は選挙もけっこう大変で、相手陣営の活動ぶりが際だっていた時で、私はもっと選挙対策をしっかりやらんかいと言われていた時です。そう言われるのももっともで、もっと選挙対策に専念して時間を使わないといけないとも思うものの、私は、候補者であるとともに、現職の知事ですから、公人として和歌山の人達の将来の幸せのためにしなければならないことをおろそかにするわけにはまいりません。そう自分を言い聞かせて、けっこう難色を示される西村社長を一生懸命説得しました。
選挙が終ってすぐの1月初めに、西村社長以下のNEXCO西日本の幹部が県庁にお見えになって、5月21日までの完成に努力すると言明して下さいました。先の私の要請を受けて、社内で大変な努力をして下さって、工程を組み替え、昼夜兼行の工事をすることで、5月21日の完成を目指すことにしてくれたようです。ただし、その時はまだ不確実な面もあるので発表はやめさせてほしいということでしたから、私達県も公表はさし控えていました。そして、ついに見通しがついたということで、4月19日の発表に至ったものです。本当にありがとうございました。
5月21日の完成を見ることになり、選挙対策不十分の科でしかられぱなしであったあの昨年の秋の日に、お願いに行っておいて本当によかったと私は感無量です。
これで夏の行楽シーズンに「渋滞緩和」という絶好のセールストークができることでしょう。和歌山の発展の足を引っ張る要因が少し減りました。
しかしながら、これで喜んでいてはいけません。まだ有田から田辺・白浜までの4車線化が残っています。この高速道路は、アバウトに言うと日本一混雑する1車線の高速道路です。当然まっ先に4車線化をしなければならないのに、放って置かれていました。ようやく、麻生政権の時不況対策ということで、御坊-田辺の4車線化に一挙に745億円の工事費がついたのに、政権交代で取り上げられてしまいました。しかも、同じように麻生政権の時決定された東京外環(1兆円の工事費!)や御坊-田辺よりも交通量が少ない他の区間の4車線化が復活したのに、ここだけは復活しませんでした。諸々の過去の事情で有田-御坊間の4車線化のための都市計画が遅れていたので、御坊―田辺間を4車線化してもしようがないなどという理屈を時の大臣が唱えました。この区間の都市計画は、確かに長い間放って置かれていましたが、私が就任後将来を見越してすぐ手をつけて、(それでもどうしても手続きに3~4年はかかるのです。)昨年の11月には、完了するという運びになっていたにもかかわらずです。半年後には、有田-御坊間もお金さえつけてくれれば4車線化ができるようになるのです。どうせ有田―田辺全体の4車線化をしなければならないのですから、有田-御坊、御坊-田辺のどちらから先に手をつけてもいいではありませんか。もっと腹の立つことに、この和歌山県からも、政権を守りたい一心からか、自己の保身からか、この政府の決定を正当化して声を大にして擁護した人々がいました。その後、昨秋の知事選の直前に、この人々は180度主張をかえて、道路投資で景気刺激をと唱え始めたのですが、せっかく投下決定をされていた745億円をとり上げられた後では、何の効果もありません。
誰がいつどう言ったか、その結果、この日本や和歌山がどうなったか、忘れてはならないと思います。
と同時に、真実は死に絶えることがありません。客観的事実と論理でもって、正当性をきちんと立証し、諸方面への働きかけを怠らず、できるだけ早い機会に紀伊半島一周の高速道路と京奈和自動車道路の完成とそれらの4車線化を実現し、このような不利な条件によって県民のチャンスがむしばまれている状況を改善しなければならないと思うのです。
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