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仁坂吉伸の思い

戦没者慰霊祭

2011年06月27日

 和歌山では毎年5月5日に戦没者慰霊祭が行われます。私は、毎年出席して追悼の辞を述べさせていただいております。歴代知事はほとんど出ていなかったそうですが、私は、家族のため、郷土のため、国のために犠牲になった戦没者を悼まないのは、現在の郷土を預かっている者としていかがかと思うものですから、これからもずっと出席させていただこうと考えています。

 戦争という悲劇はくり返してはいけません。しかし、それならばこそ、貴い命をささげた犠牲者の方々の霊前に額づいて、前途の希望も無限の未来も、突然すべてを奪われた若者の悲しみを共にすることはとても意味のあることだと私は思うのです。その貴い犠牲と過去への反省の上に我々は、新しい社会を築き上げて、今日の繁栄を享受しています。このことを考えるにつけても犠牲になられた人々の前に頭を垂れる義務があると私は思います。後に残されたご遺族の方々は愛する夫や息子を失くし、働き手を奪われてどんなに辛酸をなめられたことでしょう。その労苦にもまた頭を垂れるべきだと思います。

 毎年式が厳粛に行われ、参加者は、このような悲劇がくり返されないように思いをいたし、犠牲者となられた方々に平和への努力を誓うのです。軍国主義を美化したり、相手国への復讐心を掻き立てるようなものではありません。その意味で、平和を唱え、戦争の悲惨さを主張しているあれほど多くの平和運動や、それに参加している人々がこの戦没者慰霊祭に目を向けないのは私には奇異に感じられます。だって、戦争における最大の犠牲者は、この戦没者であり、その遺族ではないですか。

 戦争に敗けてから、戦争を「けがれ」とでも考えるようになったのでしょうか、戦死した人や戦傷を負った人あるいはその家族に対して、戦後、冷淡に接した人々がたくさんいたことが様々な文献や伝言で伝えられています。何ともやり切れぬ思いです。私の大変尊敬している藤原正彦さんが最近著『日本人の誇り』の中で、次のように書いて、私の言いたいことを美しい言葉で余すことなく語ってくれています。
 以下引用をさせてもらいます。

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 日本の軍人達は、戦場で涙ながらに老いた父母を思い、自分の死後に遺される新妻や赤子の幸せを祈り、恋人からの手紙を胸に秘め、学問への断ち難い情熱を断ち、祖国に平和の訪れることを願いつつ祖国防衛のために雄々しく戦いました。それが今、地獄さながらの戦闘で散華した者は犬死にと嘲られ、かろうじて生き残った者は人殺しのごとく難詰されるという、理解を絶する国となってしまったのです。祖国のために命を捧げた人に対し感謝の念をこめて手を合わせて拝むべきものであるのに、戦争の罪を一身に背負わせているのです。
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