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仁坂吉伸の思い

投資か給付か

2012年07月16日

 政治家をやっていると(知事は政治家ですから)、色々と考えさせられることがあります。
 何のための政治家というと、担当する対象の人々の生活をよりよくするためであろうと思います。人々の生活は自分で切りひらくべきものですが、行政がその基礎をきちんと作って活動を支えて上げないと、人々の努力が報われません。そう考えると行政の目標は人々の暮らしが寄って立つ基盤を強固にするために地域に投資をすることだと思います。投資というとインフラを作ったり、庁舎を作ったりすることだけのように聞こえますが、そうではありません。道路などのインフラは生活や仕事の基盤ですから、これが不自由だとチャンスが失われます。河川や崖が危ないと心配でおちおち安心して仕事ができないし、生活の基盤が一挙に失われることもあります。水道や下水も大事です。そういう意味でインフラも大事です。しかし、その他にも次世代の若者を立派に教育することも立派な投資です。医療が頼りにならないと生活が揺らぐので、病院や医療機械や医師養成にお金を投じることも大事な投資です。障害を持ったり、高齢になって生活に支障を来たしたりしたら安心して頑張れないからと思ったら、これにも投資して環境を整えないといけないのです。地震津波や水害に備えた防災対策も投資です。産業活動や農林水産業の発展のために、ツボとなる所へ強化のための助成金を出すことも投資です。こういうことを進めるために、そういう方面に減税して人々を誘導するということも投資と考えられるでしょう。

 しかし、こういった政策は、人々にとっては間接的だから、間近に感じられない時が多々あります。政治家は選挙がありますから、票を投じてもらうためには選挙民にアピールしないと大変困るのです。一方給付型の財政支出は分かりやすいという利点があります。選挙でどうしても勝ちたいと思ったら、投資よりも給付の方が有権者にアピールするのです。かくて、政治家が選挙ばかり意識すると、将来のための投資が少なくなり、今人々の歓心を買うための給付に重心が移りがちなのです。いわゆるばらまきです。そりゃあ人々は少しでも給付があると喜びます。そういう主張をする人に投票するかもしれません。しかし、そのお金は誰のものでしょう。そのお金は有権者全員のもので、給付でばらまかれてしまっては減ってしまうものなのです。しかも給付がその本来の意義を発揮しないものもあります。景気を良くしようとして、人々に何がしかのお金を配るとします。人々がそれを使って消費をして、その結果、景気が良くなることを期待しているのです。ところが、人々がその給付金の多くを貯蓄したらどうなるでしょう。消費も伸びませんし、景気が良くなりません。人々が外国にお金を預けたり、回したりしたら最悪です。

 私は2009年の選挙で民主党政権が出来てから、何を期待するかとマスコミに聞かれて、「地方を大事にする政策をしてほしい」ということと、「将来のための投資を大事にする政策をしてほしい」と言い続けてきました。しかし、その点では政府の政策はその逆であったように思います。
 例えば、子ども手当、米作農家への所得補償などは給付型の政策の典型です。一方、高速道路建設の取り上げなど公共事業の大幅カット、生産性向上のための農業投資や地域の研究開発投資への助成の縮小は、投資軽視の表れです。政権を取った後、色々な試行錯誤を経て政策はまた元に戻ろうとしています。これらの政策が、本当に理想に燃えたものであったとしたら、それは給付よりも投資の方が望ましいとする私の考えがようやく認められたかということに留まるのですが、そうでないともっと好ましくはありません。私の尊敬する経済学者で政治評論家としても名のある方が「現在の生活に希望を失って、改善も向上も眼中にないようなタイプの人々にばらまきをしたら、最も選挙にプラスだということを民主党の選挙を指揮した某氏は知っていましたね」と言っておられました。仮にその人が言っているように、選挙で勝つためのばらまき戦略だったとすると、その罪は重いと言うべきでしょう。
 でも、日本人は、もっとずっと賢くて、そんなものには簡単には騙されないと私は信じます。私は、選挙で勝ちたいためにベストな政策を曲げることだけはすまいと思います。そして、和歌山の方々はさらに賢い方々だと信じます。

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