日本産業の生きる道

 テレビ和歌山の新春特別番組で張富士夫日本体育協会会長と対談しました。テーマは主として段々と近づいて来た平成27年の紀の国わかやま国体です。と同時に、張さんはトヨタ自動車の会長でもありますから、経済問題、特にこれからの日本産業の生きる道という点にも議論が及びました。
 番組では、テーマを絞るためでしょうか、経済問題はほとんどカットされて、国体とスポーツに焦点が絞られていましたが、これからの日本産業の生きる道という点でも中々いい議論がされたと思いますので、以下に引用させていただきます。

「(張会長)
 会社に入ったのが1960年なんですが、68年ぐらいでしたか、ものづくりの世界では有名な大野さん、トヨタの生産方式を作りあげた現場の神様みたいな人なんですが、その人がトヨタの生産方式を広げるときに弟子入りしたんですね。本当に道場で稽古をつけてもらうのと同じような感じでしたけども、それを20年近く、現場の改善、まず、うちの中からやって、それからグループ会社にいって、それからサプライさんにもいろいろいって、広げるようなことをやっていたんですけども。
 86年に、トヨタ自動車が初めて、アメリカにですね、100%出資の工場を作ったんです。たぶん、この辺から、いわゆる自動車のグローバリゼーションが始まった。それまでは日本で作って日本で売る、少し輸出するというぐらいでしたけども、海外でやる第一号に私は行かされまして、それで他のやり方をしらないものですから、いわゆる、さっきおっしゃたような現場の改善とか、そういうものを中心にしたやり方で米人に教えるといったら失礼ですが、採用した米人にこうやってやろうよとやった。その過程で文化の違いとかいろいろありまして、随分時間がかかったんです。
 丸9年いてこっちに帰ってきたんですね。それから5年たって私は社長になったんですが、ですから、最初にアメリカいってから14,5年たったが、その間にものすごく海外にたくさん工場を造っちゃったんです。私は第1号だったが、今は50あるんですよ。世界に生産工場が。日本を除いて。私が社長になったころも30ぐらいあった。そうすると、何が起こるかというと、現地の人に社長や副社長を任せないといけない、そういうことをやるためには、アメリカだったらアメリカ人が私たちと同じ思想を持っていてもらわないと、違う方向に走られたらえらいことになるということで、少し我々が現地でいろいろとやってきた中を整理して、これだけは一緒のものの考え方、見方をして下さいね、と。
 例えば、従業員を大切にする。人を大切にする経営がトヨタのやり方ですと。だから簡単に首を切ったりそんなことはしてはいけませんよ。それとめちゃくちゃに人をとるとこまっちゃいますよね。きちんと採った人を責任持って教育して適材適所で使うということ。それと個人主義の世界ですが、チームで仕事をしてくださいねというのが片方にございまして。
 もう片方は仕事のやり方を常に変えますと。だから思い切ってチャレンジして下さい。ラインが止まっても失敗してもかまいません。悪かったところをどんどん直して、これを改善という言葉を使って、昨日より今日、今日より明日と少しずつ上を目指しましょうということ。これはずっと我々が先輩から教わってきたやり方なんですが、アメリカでは、毎日毎日やり方を変えるのはなかったみたいで、言葉がないから改善というのでいいよと向こうの人達がいって。今はもうどこへ行っても「カイゼン」と日本語が、-edまでついて過去形が出来ているそうです。「kizened」って。改善するためには、偉い人は動かないんですよ、アメリカは。全部部下を呼びつけて「こうやれ、ああやれ」とやるんだよね。それじゃだめだから、全部現場で現地現物でやらないとだめだからと、本当のところはわからないからと、これもうるさく言って、片方で、改善を中心にしたのは、現地現物、チャレンジ。こちら側は、リスペクト、これは人を大切にするということ、チームワーク。これは、どなたが企業のトップになっても大切にする考え方にしましょうということです。

(知事)
 日本のものづくりの原点といいますか、いいところを全部語ってくださったような気がしますね。私なりに、同じことを言うことになるかもしれませんが、ちょっと見方を変えて言うと、日本人のいいところは工夫するところだと思うんですね。しかも、トップだけが工夫するのではなく、みんなが工夫する。現場も人も含めて。その工夫できる能力を最大限活かされたような気がするんですね。もう一つはチームでプレーをするのは日本人は得意だと思うんですね。チームで、というのも現場が大事で、現場やそれから工員さんとか、それから社長さんとか、みんなが少しずつ改善提案して、チームでまとめ上げていくと、この2つの要素が日本の製造業の魂だったと思うんですよ。
 私は、実は通産省におりましたときに、今の経済産業省ですが、コンピューターをやったことがあるんです。そのときにミニコンを使って工場の中のコントロールをしていくんですね。その基に、実は改善があるんですね。そのもっと前は、ひょっとしたらものすごく職人さんで立派な方々が個人芸としてやったことがあって、それの積み重ね、やはり、チームプレーでやってきたことなんですが、それが、更に確実にみんなに行き渡るように、コンピューターを使って、そのノウハウを突っ込んでやり始めた。これが、1980年代の日本の製造業の、無敵だったと思うんですけど、あれが一番の基だったと思う。
 しかし、逆に考えてみたら、それによって、ちょっと真似しやすくなっているんです。たたき上げのものすごい名人でなくてもある程度のところまでいけるんですね。それから、トヨタウェイというのが世界中で「これはいいものだ」ということが分かって、ある程度のところまで真似できることがわかって、そうなると賃金が安い方がいいだろうとか、消費地に近い方がいいだろうとか、日本でなくてもいいよねと、こういうような感じになって、これから我々がチャレンジされる番に回っているなあというふうに思いますね。
 もう一つは、モノだとですね、今のような日本人のいいようなところを全部そこに込めて世界中に売れるんですが、モノだけが経済ではないんですよね。日本人は一方ではちょっと欠点もあって、人見知りで、コミュニケーションが、張さんのような方は別ですが、そんなに上手じゃない人が多い。そうなるとサービス業の世界で覇を唱えられるかというと、なかなかそこまでいっていないんですよね。
 これからは、ある程度のところまでは真似されると思いますが、もっと一段工夫して新しい境地を切り拓いていこうじゃないかとういうことと、それから、人見知りをやめて、どんどんとサービス業なんかでも世界中に行こうじゃないかということ、こういうのが、今、まさに日本にチャレンジされているのではないかと思いますね。

(張氏)
 全く私もそう思いますね。今、知事さんがおっしゃったとおりでしてね。大野さんからいろいろ同じようなことを昔言われたのを思い出しました。」

 ものづくり、特に技術力をみがいて製造業をさらに伸ばすという戦略は、国でも和歌山県でも大きな焦点を当てて取り組んでいますが、サービス業を伸ばすということも大事なターゲットであります。そもそも先進国のGDPの70%以上はサービス業を中心とする第3次産業でありまして、この中には、公務員や昔から存在していた我々の身の回りの世話をして下さる多くのサービス業や小売業のほかに、対事業所サービスとか新手の対消費者サービスがゴマンと含まれています。
 最近どんどん業態が変わっていく新手の小売店、運送業もそうですし、バブルの頃日本が調子のよかった金融業もその1つですし、その後次のバブルの主役であったIT産業も、映画、漫画やデザイン、ファッションといった人間の感性に訴えるような業種とか、教育、医療、看護、対高齢者、福祉ビジネスのような社会ニーズの変化に適応した産業もあり、皆、これからその発展が大いに嘱望されている産業ばかりです。
 その中には、地元ないし日本国民だけをお客さんとする産業もありますが、製造業と同じく潜在的なお客さんが世界中にいる産業も多いのです。製造業、ものづくりでは、少なくともこれまではまずまずであった日本の産業ですが、バブル以来金融業がお粗末ぶりを世界にさらしてから、どうも世界に覇を唱えるどころか、他国企業に日本市場を絡め取られている例ばかりが目に付きます。「もの」だと、作ってしまえば、製品が優秀なら、それが「もの」を言ってくれますから世界市場でいい所に行くのですが、サービスだと、それこそ我々日本人が商売のシステムを作り、世界に出ていって世界中の人々と直接渡り合わなければ世界を席巻できません。引っ込み思案の日本人では、将来がないのです。日本人の人間力を鍛えないといけない由縁です。
 1999年通商産業省生活産業局総務課長だった私は、局所管の産業を、感性を売り物にして世界に覇を唱えるような産業に仕立てていくのだという志のもと、局内の若手と語らって、「感性産業研究会」を立ち上げようとしました。そして伊藤元重さん、サンケイリビング編集長だった山谷えり子さんをはじめ音楽ビジネス、ファッション産業の若手リーダーなどの論客に参加要請をしていました。ところが、人事異動で私がいなくなった後この企画が消滅してしまったのは、今となっては返す返す残念です。その後、経済産業省も数年の時を経て、この問題にも取り組みはじめ、麻生元総理が漫画、アニメを高く評価されたり、あの時の理想があちこちに目立つようになりました。これからの日本は、この面での遅れを取り戻し、ものづくりともの以外のサービス業の双方でもう一度世界に打ってでなければなりません。