継続性を失ったからローマは滅んだ
塩野七生さんの『ローマ人の物語』にあった言葉です。この本は大変な力作で、ローマの勃興から西ローマ帝国の滅亡まで延々物語が続きます。文庫本にすると43巻あります。文庫本3冊分ぐらいの単行本が出て、しばらくすると文庫本が出るので、それを買ってはせっせと読んでいました。それも完結してからもう長いのですが、流れを汲むものとしてはビザンチン帝国の歴史や、ローマなき後の地中海世界や、キリスト教騎士団とオスマン帝国の戦いとか一連の著作が周りを固めています。最近ではギリシャ人の物語という力作も出て大変感動した覚えもあります。
15年前、同じ新潮文庫から「ローマ人の物語」スペシャルガイドブックという本が出て、最近引っ張り出してこれを読んだとき、この言葉を改めて見つけました。塩野七生さんは、名文句の名人でもあって、このローマ人の物語でも、感銘を受ける言葉がどんどん登場しました。「勝者の寛容」とか「持続する意思」とか、格好良くて、おまけにその通りだと思うような言葉がどんどん出てきます。私は3年前まで和歌山県知事を務めていましたが、その際このような言葉を念頭に置いて仕事に励んでいました。
長く繁栄を謳歌したローマも、5賢帝が去った後の3世紀には凋落の一途をたどります。211年からの73年間には22人の皇帝が登場しては消えるのですが、同じようなことは5賢帝が登場する前もあったので、塩野七生さんは、この時代のローマの没落を次のように書いています。引用させてもらいます。
「3世紀のローマ帝国の特質の一つは、政略面での継続性を失ったことである。それ以前は、たとえ悪帝と断罪された人の死後に帝位を継いだ皇帝でも、先帝の行った政策で、良策と判断したものは、継続しただけでなくさらにそれを発展させるようなことまで、迷うことなく行ってきたのだった。基本的な政策の継続は、これによって保証されたのである。皇帝の治世が長かったことだけで、継続性が保証されたのではない。継続することがエネルギーの浪費を防ぐ方法の一つであることを、自覚し認識していたからであった。」
その通りであると思います。私は、長く通産省(経済産業省)に勤めていましたが、この役所はちょっと変わった役所で、個々の意見が強く飛び交う世界で、下克上と言われたり、本当はたいしたことはないのに自分が世の中を背負っているのだというような雰囲気が充満しているような所でした。毎年政策の見直しを「新政策」としてやっていて、結果として新しい意見が採用されて政策が変わって行くこともあるのですが、その際も、前からあった先輩が作った政策をまずは尊重するところから始めるということが不文律のモラルでした。そのうえで改めた方がいいと思えばその理屈と改革案を省内で徹底的に議論して改めるというのが正しいということでした。その理屈がなければ、人事異動があっても、先輩が行ってきた政策や制度は継続ということが最低のモラルです。そうでなければ、役所の人事は1年から2年、せいぜい3年で替わって行きますから、そのたびに政策や制度が変えられては継続性がなくなってしまいます。役所の仕事も、それぞれの領域で所管業界や利害関係者といったクライアントがいるわけですから、人が変わると政策も変わるということではたまったものではありません。
役所だけでなく、大きめの組織では、そのメンバーは皆こういうように仕込まれてきたものと思います。このことと、前例踏襲のつまらない組織とは全く関係がありません。前からあるものはいつも正しいというのではなくて、一応前からあるものは尊重したうえで、いつもそれにチャレンジして、直すべきものは直し、それがなぜ直さなければならないかを理屈でちゃんと説明をすべきものだということです。その継続性が3世紀のローマには失われた。これがローマ衰亡の一つの理由だと塩野七生さんは喝破するわけです。
私は16年間和歌山県知事を務めましたが、上記のような考えで、きちんと継続性は守りました。私の前任は総務省出身の入省年次で言うと昭和49年同期の方ですが、お気の毒に官製談合で逮捕され、辞職を余儀なくされました。塩野七生さんの言葉を使えば「悪帝」に当たるかも知れません。しかし、私は、前任者がどうなったかに関係なく、基本的には前任者時代の政策・制度は全部引き継いで尊重しました。そのうえで庁内でよく議論して、いいものは(大変多いのですが)残し、改めるべきはその理屈をきちんと世に説明をしたうえで、新しいものに変えました。政策を考える時の唯一の判断基準はそれが県民にとってベストかどうかであると私は思うからです。誰が考えた政策かは全く関係がありません。県民にベストなものであれば、たとえ評判が地に落ちた「悪帝」の作ったものやお好みのものであっても、残すべきであろうし、発展させるべきものでしょう。
一例をあげます。和歌山県のヒット政策に「企業の森」という制度があります。企業が伐採後の山を借りて、そこに、広葉樹などの変化に富む樹種を植えて、森を復活させるが、その際には植樹やその後の手入れに都会に住むその企業の社員が当たり、自然に親しみ、山村の住民と交流し、田舎暮らしを楽しむ一方、普段からの植樹地の手入れは地元の森林組合に頼むので、森林組合からするとなにがしかの収入になるし、山村の人達も都会の人たちが大挙して来てくれるわけなので大いに生きがいが湧き、少しは収入にもなる。また、山林主も、最近の林価低落で、伐採地への植林をする費用が出せなくなっている時なので有り難いし、植えた樹木が大きくなるころにはその山は山林主に返還されるので、これも有り難い。このように三方よしと言った立派な政策であるので、私は前任者のヒット商品であったけれど、この政策は残し、残すばかりか企業の森の契約数を100にするのだと唱えて、自分の人脈も利用して大いに営業努力をいたしました。ちょうど旧知の尊敬する積水化学の大久保社長が経団連の環境委員長を引き受けておられたので、特にお願いして、経団連で大きな説明会をさせていただき、今まで和歌山県とあまりなじみがなかった企業にも数多くこのプロジェクトに参加してもらいました。担当部局の職員も大いに張り切って参加企業を増やすことに邁進してくれたことはもちろんです。
一方、私の前任者の知事のもう一つのお気に入り政策は、同じ林業がらみの「緑の雇用」でした。むしろ、こちらの方がイチ押しであったかも知れません。何せ森林と林業を担当する部局をこのシングルイシューからとって「緑の雇用推進局」と名付けるほどでしたから。この政策が出来た当時は雇用状況も芳しくなく、職に就けない人も今よりは多く、かつどうせ働くなら、都会の喧騒を避けて自然を相手に田舎暮らしをしてみたいという人がいたことに注目して、各地の森林組合に「緑の雇用」として、新規採用をするときはその給与のかなりの割合を国や県が補助するという政策でした。私はそう詳しくはありませんが、前任者はこの政策を担いで、国から補助金を出してもらえるようにしたというのが自慢で、私が知事になった時は全国どこでも通用する国の制度でしたが、あたかも和歌山県の政策のように多くの場で語っていました。事実私の就任時には、和歌山県でも各地の森林組合にかなり多くの緑の雇用で雇われた若者がいました。そう言う人とお会いして話をしてみるととても素晴らしい若者ばかりで、この政策でこんな立派な若者が和歌山県に来て働いてくれていることに大いに感謝しました。そしてこういう人たちを守っていくことが、この「緑の雇用」という政策を提唱した我々和歌山県の務めだと思いました。たとえこの政策を考えたのが私ではなくて「悪帝」となってしまった私の前任者であってもです。しかし、この政策には根本的な欠陥がありました。緑の雇用政策は労働雇用すなわち労働の供給を増やす政策です。おそらくこの政策を考えた人は、供給を増やせば十分だと思い、労働需要のもとになる仕事を増やさなければ増やした労働供給はいずれ過剰になり、維持することができなくなるということには思いをいたす力量がなかったのだと思います。国が多額の給料補填をしてくれていたので、何とか回っていたのですが、国の政策は確か何年かの時限措置でしたから、いずれ多額の補助金は打ち切られます。その時、国の補助を肩代わりするのは和歌山県の財政力では到底無理です。したがって、緑の雇用で和歌山に来てくれたあの立派な若者たちに和歌山で働き続けてもらうためには、その若者たちが働いている森林組合に対する仕事を増やすしかない。そう思って、私は林業振興に改めて取り組もうとし、様々なメニューも考えました。先に述べた企業の森もそうですし、ガードレールやバイオ原料利用にも取り組みました。木材の輸出にも取り組みました。また、和歌山県では紀州材の無垢材に誇りを持つあまりか、前にはまったく取り組んでいなかった集成材に対する原料供給という道も探ることにしました。和歌山県に当時集成材メーカーがなかったので、県外の集成材メーカーに対する原料供給の道を開くことに成功したのですが、その時ご紹介を頂いたのは、当時積水ハウスの社長でおられた和田勇さんでした。(その後地面師による大型詐欺に引っかかるという不祥事を起こした人たちに責任を取らそうとして、逆にその人たちに取締役を解任されてしまったのはお気の毒としか言いようがありません。)こうして、緑の雇用という政策の結果、和歌山県に来てくれた林業従事者を何とか守ろうとしましたが、そのすべてを守れるような仕事を森林組合に提供できたかはいささか不満の残るところでした。でも、このように中身はずいぶん改めたけれど、前任者が力を入れていた「緑の雇用」という政策自体は尊重し、継続を図ろうとしたことは事実です。ただし、担当部局の名前は、そこが「緑の雇用」というシングルイシューだけを担当しているわけではないので、「森林林業局」に戻しました。
私は、塩野七生に教えられるまでもなく、組織においてきちんとした教育を受けた人は、組織がこれまで維持してきた政策に対しては、新しくその任を引き継いだ時は当然その政策を受け継いで尊重するであろうと思っていました。明らかにその方が、人事異動による朝令暮改のマイナスによるエネルギーロスも防げ、政策を一から作り直すために要する膨大なエネルギーを節約もできるので、政策の裨益者である県民の幸せのためにはずっと得策なのは明らかです。そのうえで、県政で言えば、県民にとって、当該政策が今考え得るベストな政策ならそのまま続けていけばいいし、ほかにさらに良い政策が見つかれば代替していけばいいのです。
繰り返しになりますが、ローマはこうして、仮に「悪帝」が登場して、ある面で暴虐の限りを尽くしても、出来上がった政策はたとえ「悪帝」時代の産物であろうとも、それ自体に欠陥がなければ継続された結果、長く繁栄を享受できたのですが、とうとう3世紀になってこの美風が失われ、先帝の政策が無視されるようになってしまうと、直ちに崩壊への道を下り始めるのです。
この教訓は現代日本の政治行政において活かされているでしょうか。私が過ごしてきた時代の中央官庁はまず大丈夫だったと思います。あれだけ個性が強い、自己主張が強い役人の塊であった通産省においても、皆が守るべきモラルとして、政策の継続性は尊重されていました。政治主導の現在ではどうか、自己主張の強い政務三役のリーダーシップで少しゆがめられているかもしれません。政権交代があると、前任者の目玉政策はあっという間に廃止されるし、同じ政党同士でも、仲の悪い人同士だと同じようなことが起こり継続性が阻害されます。このように行動するのが政治家の性でしょうか。困るのは国民ですが。
地方自治体はどうでしょう。この世界も人事異動は、研究所や試験所、検査機関などを除くと2年ないし3年に一度です。しかし、人事異動があったからと言って、継続性を危うくするような役人はまずいないでしょう。むしろ問題なのは、その反対に前例にこだわりすぎて、改革をしようとする意欲に欠けることでしょう。しかし、この考察の範囲外にいるのが選挙で選ばれる首長の動向です。
選挙を意識すると、自らをアピールするために、「私を見よ」ということになります。そう言う場合は、大事なことはクライアントである地域の住民ではなく、「私」です。そうすると、いかに住民にとってベストな既成の政策や制度でも、他の人の時代に作られたものは、「私」をアピールするのには邪魔です。前の人の時代のものは、それが住民にとっていいか悪いかにかかわらず否定して壊したくなります。いいか悪いかにかかわらず自分が考えたものに替えたくなります。ここでも懸念すべきは政治家のリスクです。
地方行政はこのようなリスクを抱えています。ただし、どの自治体もぱっとしないところはあるにせよ何とか皆持ち堪えているのは、元々自治体が国の行政体系の中に嵌められて自由度が少ないことが皮肉にも選挙を意識し過ぎた政治家の制度破壊を防いでいるからかもしれません。また、そういう政治家指向の強い自治体トップはもともと行政そのものにはそう興味はないので助かっているからかもしれません。そして最後に、自治体のトップにも、あまり選挙のことを意識しないで、住民の幸せの極大化を青臭く目指している人がいるところもあるので、そういうところは、今の制度がベストと思われるような政策は手を付けないか積極的にサポートされるからということかもしれません。私は明らかにこの最後のタイプの自治体トップで、就任来そのことを公言していました。
アメリカのトランプ大統領は最も行政官らしからぬ政治家だと思いますが、制度的制約などなかったことのように、自由自在に大統領令を頻発しています。政敵である民主党のバイデンさんやオバマさんが作った制度はみな否定して、世の中をひっかき増しています。アメリカファーストというのがトランプさんの口癖ですが、どうも、クライアントとしての米国民のためだけではなくて、自らの再選であったり、自らの名声の獲得であったりが彼の行動原理ではないかということがいっぱいあると思えます。そうして頑張っている割には、最近は支持率が急速に落ちているのが気の毒ですが。
実は和歌山県でも、私が引退してから、私の時代に作った政策や制度が次の知事によって否定されてなくなってしまったものが結構あります。もちろん、今は亡き岸本知事の深い考えがあってのことかもしれませんが、これはこういう理由で改めるという発表、説明があまり聞こえてきませんでした。そういうことをしつこいまでに説明してきた私の時代とは違います。中にはよく似た新制度に移行されたものがありますが、どう考えても和歌山県民の幸せと和歌山の発展のためには論理的に改悪にしか見えないなあと思うようなものもあります。自分ではなかなかいい精度だと自負していて、県内の企業や、日本全国の識者から評判が良かったある制度が廃止され、私などそれは止めた方が良いのではないかと思った例がありました。その制度に献身的に貢献して下さっていた全国的な有名人に岸本知事自身が語ったところによると、「前のもいいのですが、私は政治家ですから、やはり前の人が作った制度というのでは困るので」という言い訳をしていたそうです。私は、県民にとっていいものであれば、前の人の時代に作られたものであっても、まったく困らなかったのですが。目標が自分のアピールであるか県民の幸せであるかの違いかもしれません。
私はそれまでの人生で結構いい仕事をさせてもらったので、県民の幸せのためになると論理的に思うことは、仮に一部の人に嫌われて政治家としての自身の再選が危うくなろうとまったく構わない。正しいと思うことをして、次の選挙でお前なんかもういらないと言われてらそれでもいいではないかといつも思っていましたので、考え方が違うなあと思いました。自分は「政治家」ではやはりなかったのかなあと思いました。
どうも現代の政治行政の世界では、継続性が失われていくのは、政治家の自己のアピールのため、そして選挙で再選されたいという欲求のためのように思えます。政治家の再選欲求はクライアントたる住民の幸せと必ずしも結びつかない場合があります。出来るならば、首長たるもの、住民の負託を受けて当選したのですから、それを恩義と感じて、ひたすら住民の幸せだけを追求し、自分をアピールするとか、再選のために有利なことを考えるとかはできればとりあえず忘れていてほしいなあと思うのは私だけでしょうか。選挙で落ちたくないという政治家の性のために、行政の継続性が失われ、継続性が失われることによって、地域の人々のエネルギーが無駄に使われ、その地域の衰退が加速することがないように、継続性をなくして衰退した3世紀のローマの轍を踏まないように心から願います。
ただ、こうして16年間も知事をやってきたことで分かった(と思う)ことがあります。都道府県の知事や大きめの市の市長は、良い行政をコツコツやっていれば、自らの再選のための考慮などなくても、特にそのための運動などしなくても、住民に選んでもらえるのではないかということです。住民はよく見ています。そして自治体の首長のやることはよく見えます。(各種議会議員はそうは行きません。なぜなら、議員の活動は自らアピールしないと一般には見えないからです。)そしてこれこそあまり自信はありませんが、一国の総理大臣や大統領も同じではないかと秘かに思っています。