尾花和歌山市長の市長コラム
私は一ヶ月に一度、和歌山研究会の勉強会で、立派な講師をお呼びしてお話をしてもらう会を主催しておりますので、先日もその関係で和歌山に帰りました。最近は家内の健康が心配なのでほとんど東京に居るのですが、和歌山に行った時はたくさんの仕事をいっぺんに片付けて頑張っています。郵便物や書類も溜まっていますので、どんどん処理をしていっていますが、その中に、「市報わかやま」が届けられていたので拝見を致しましたら、その中の「市長コラム」にとてもいいお話がありました。タイトルは「水道施設の安全性」です。和歌山市長は尾花正啓さんですが、前職は和歌山県庁の県土整備部長でした。和歌山県は歴代県土整備部長を国土交通省からお迎えして、なかなか立派な仕事をしてもらっているのですが、尾花さんは多くの生え抜きの県土整備部の技術系職員の中でも出色の優秀な職員だったので、私は、尾花さんを部長にしたいと考えました。それで、国土交通省にもそうしたいので国土交通省からの出向者はその際はNo2でと根回しして、尾花さんに部長に就任してもらいました。彼は、全体の県土整備部を率いて素晴らしい仕事をしてくれたと思っています。尾花部長の時には様々な案件があったのですが、私も力を入れていた、県全体の道路をきちんとした統制されたネットワークに作り変えていく仕事をどんどん進めてくれたという思いもあります。しかしなんと言っても、一番の大事件は、2011年の紀伊半島大水害からの復旧事業であります。
私は、16年の県政の中で、何度か大変な案件に直面しましたが、その度毎に当部門を率いて獅子奮迅の活躍をしてくれた部下が現れ、そういう人のおかげで、何とか知事の仕事を全うできたと思っています。一例をあげれば、コロナとの戦いの時は、野尻孝子技監・健康局長が大活躍をして、全国にその名を轟かせましたが、台風12号による紀伊半島大水害の時には、県道整備部長の尾花さんがいなかったら、あのようにスピーディーに復旧ができたかどうか、今でも冷や汗が出ます。
尾花さんには、当然定年退職まで県土整備部長をやっていただこうと思っていましたが、たまたま和歌山市長が突然の辞職を表明したために、その後任として尾花さんに白羽の矢が立ったのです。有力政治家の方々から、ぜひ尾花市長を実現したいので、県庁を退職することを了承してほしいという話がありました。県庁としてはつらいですけれども、もっと大事な和歌山市の舵取りを任せるには、尾花さんは最適なんだろうと思って了承いたしました。和歌山県の昔を知る人にお聞きしたら、和歌山県知事と和歌山市長はとても仲の悪い時代が多かったそうです。政治的な野心とかそういうもので思惑が食い違ったのだろうと思います。また、県と市では、職員間の反目も結構あって、どちらかというと市民の人々には、県職員の方が評価されていたように思えますが、私は市役所の職員の中にも素晴らしい人がたくさんいることをよく存じ上げていたので、あまりそういう風にレッテル付けをするのは良くないんじゃないかと、そういう人々をたしなめていました。私の知事の時代は、少なくとも私からは、当時の市長さんであった大橋建一さんとは良い関係を結んで行こうと思っていました。結構市長さんからのご要望にも応えてきたし、職員の交流も行ったし、中学の先輩である市長さんには充分敬意を払ってきたつもりです。さらに尾花市長が登場してからは、従来からの関係もあって、県と市の協力関係はさらに密接になったと思っています。
私から見ても、尾花さんの市政は素晴らしいものがあったと思います。和歌山県庁は、伝統的に知事を立てて、県庁内は団結をして仕事をしてきた組織ですけれど、どうも市役所は、市長への求心力が県庁ほどではなかったと思います。その中で、懸案事項をたくさん抱えた和歌山市の市長として、その職員全体を叱咤激励して動かして行くのは生易しいことではなかったのではないかと推測をしています。時々聞こえてくるのは、尾花市長は厳しくて付いて行けないというような声でしたが、それもだんだん収まって、市長を中心とするチームワーク、団結力が形成されて来たのではないかと思っています。
その時に起こったのが2021年10月の和歌山市六十谷の水管橋の崩落事件です。和歌山市は紀の川によって南北に分かれていますが。古くからの市街地であった南部に対して、北部は最近住宅などがどんどん出来てきた新興の地であります。したがって、さまざまなインフラの中心は南部にあって、そこからサービスを北部に供給していくという構造であるわけです。水道も同じで、南部に大きな浄水場があり、そこから、巨大な水道管が紀の川を渡る水管橋通って北部に水道水を供給しています。かつては、北部にも小さな浄水場があったようですが、コストカットの要請で廃止され、このような構造になったと聞かされています。しかし、その南北を結ぶ唯一の水管橋が突然崩落してしまって、北部には水道水が供給できなくなってしまったのです。かくて、和歌山県の半分近くの家庭や施設が水が出なくなるという大事件が起こりました。大変です。その時に獅子奮迅の働きをしたのが、司令官としての尾花市長であったと思います。水道は市役所の仕事ですから、当然といえば当然ですが、緊急に給水車を手配し、北部の方に水を供給したり、急を要するような病人などがいた場合は南に移すとか、様々なことを瞬時に行っていると思いました。しかし、大事なことは、この水管橋、水道管の復旧であります。市役所は直ちにこれに取りかかりましたが、紀の川という大きな川の中に立っている水管橋が崩落しているわけですから、その復旧は簡単ではありません。
もちろん、我々県庁も懸命にバックアップするようにしました。その時、私に極めて良いアドバイスをしてくれたのは、国土交通省から尾花さんの少し後の県土整備部長として和歌山県に出向して来てくれていた職員です。彼が言うには、「これはとても時間がかかります。その最大のネックは大口径の鋳鉄管を必要なだけ入手出来るかどうかです。国土交通省の情報によれば、かつて中国地方のある地域で同じようなことが起こり、復旧を急ぎましたけれど、大口径の鋳鉄管が必要な数だけ入手出来なくて、復旧まで数ヶ月かかった記録があります。」私は、これはバックアップしなければいけないと考えました。私の経済産業省時代からの知識によれば、大口径の鋳鉄管は、普通は在庫などありません、注文に応じて、何ヶ月も前から製造手配をするというシステムであります。しかし、そんなことは言っていられませんので、全国のどこかにすぐ使える鋳鉄管は無いかということを経済産業省に聞いてみました。経済産業省は、一生懸命働いてくれて、今までの口径のものよりもほんの少し小さい口径のものならば、必要な数量を確保するようお願いできるということを言って来てくれました。有り難いことです。恐らく別のプロジェクト用に作っていたものを先に回してもらったということではないかと思います。かくして、大口径鋳鉄管の手配は出来ました。
次の問題は、この大口径管を渡す橋脚をどうするかという問題であります。もちろん、水管橋は最終的には作り直さないといけませんが、その工事は大変な工事ですから時間がかかります。尾花市長から、この水管橋のすぐ隣にある県道の橋を臨時の水管橋として使わせてくれないかという要請がありました。この県道は、それほど交通量はありませんが、ある程度の数の和歌山市民が南北に往来する時に便利に使っている橋であります。しかし、その上流下流にはさらに大きな橋がすでに架かっていて、通行の方にそちらに迂回してもらえば、多少の不便で済むというふうに思いました。それ以上に、早く水道水が供給される方が、和歌山市の半分近くを占める北部の和歌山市民にとっては、はるかに重要なことだというふうに思い、瞬時に県道の一時的な通行止めと臨時水管橋としての使用を承認しました。こうして、経済産業省のご尽力で手配できた大口径管を、臨時の水管橋の上にたくさん並べ、橋の両側で従来の水道管と接続をしたので、北部への水道水供給は大変わずかな時間で再開できました。
その後は、これは市役所が頑張りましたが、しゃにむに水管橋の復旧作業を行い、最終的には、これもかなり短期間で、元通りの水管橋の復旧がなされました。私たち県庁も多少はお手伝いしましたが、当事者として様々な大小の手続きを行い、多くの人たちを動かして、あのような短期間で復旧を達成したのは、ひとえに尾花市長の獅子奮迅の働きがあったからだと私は思っています。
しかし、この問題はそれだけではすみません。紀の川を挟んで、およそ南北半分半分の人口構成を持っている和歌山市の北部の水道が、市の南部にある一つの浄水場に全部頼っているという構造は大変脆弱で、強靭性という点では問題があります。少し落ち着いてから、尾花市長と、「水道の供給ラインを複数にしておかないといけませんね。この際北部にも、昔あった浄水場のように、何らかの浄水場を作るか、水道管を複数化しておく必要があるんじゃないでしょうか」という議論をしました。尾花市長はその後もずっとこの問題を考えてこられたと思います。そして、表題の「市政わかやま」の「市長コラム」でそのことを市民の皆さんに説明されていました。文章も、水管橋落下事件を契機によく考えて、実行しつつある和歌山市が考えている水道施設の安全性について、誠実にかつきちんと述べているように思います。いい文章なので、その一部を引用しておきます。
「令和3年10月、六十谷水管橋の崩落により、北部地域で大規模な断水が発生しました。皆様におかけした多大なご不便を私たちは決して忘れません。二度と同じような事態が起きないよう、現在、一歩先を見据えた強靭なインフラ整備を着実に進めています。その大きな柱の一つが現在取り組んでいる送水管複線化事業です。これまで北部地域への給水は、南部地域にある加納浄水場から紀の川を横断する唯一のルート、六十谷水管橋に限られていました。こうした状況を解消するため、自然災害の影響を受けにくい紀の川の河床に新たな送水管を敷設することにし、その設計が終わり昨年12月から工事を開始しています。地下の難工事であり三年程度時間がかかりますが、六十谷水管橋にトラブルが生じた際にも水を送り続けることができます。さらに安全性を高めるため北部地域への新たな浄水場の建設の検討も進めています。」
私はこれを読んで感動しました。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」と言う言葉がありますが、尾花市長は、「皆様におかけした多大なご不便を私たちは決して忘れません。」と言ってあの時のことを忘れてはいません。さらに、元通りの水道供給体制が復活した今からも、「一歩先を見据えた強靭なインフラ整備を着実に進めています。」と言いつつ、現在進めている送水管の複線化や、北部における浄水場建設の検討を丁寧に説明しています。立派な市長だと思います。政治家としての人気だけを考えれば、災害が発生した時、現地に駆け付けて大いに派手なパーフォーマンスをして、時が経ち人々の関心が消えていったら、もう何もしないという人が世の中にいっぱいいる中で、それと真逆のことを尾花市長はしておられます。それに、県での長い行政経験で、しかもその中枢での様々な経験により、こういう時には何をしなければいけないかが分かっている市長さんです。おまけに、大学時代以来の知り合いが中央省庁にいっぱいいて、彼らはやはり人を見ますから、尾花市長を信頼してくれているので、その市長としての機能は余計に強化されます。そうでなければ、こういう危機が起こった時、リーダーは部下と一緒に右往左往します。危機に際して、尾花さんと言う市長を有した和歌山市は幸せであったと思います。
この問題だけではなく、尾花市長は、ともすれば衰退しそうな和歌山市を立て直す様々なプロジェクトを成し遂げたと思います。和歌山市駅周辺や市役所周辺などすっかり装いを新たにし、機能が強化されました。財政もさらに大分立て直されました。
しかし、その尾花市長も、今季限りで引退を表明されています。病気と闘いつつ、市長職を立派に続けておられるのは頭が下がります。あえて言わせてもらえば、彼は和歌山市中興の立役者です。だから、尾花市長の退場後の市長は大変だと思います。東京周辺など、行政がそれほどでなくても、集積する民間の活力で地域の勢いが維持できるところと違って、和歌山市のような、それほど活力が十分とは言えない町の首長は本当に大変です。郷土に類なき愛情を持っていることはもちろん、身の処し方が上手でパーフォーマンスが上手く、人気があって人が寄ってくるだけでなく、様々な行政知識と経験と「持続する意思」が必要だろうと思います。でなければ、ややもすれば前例踏襲になりがちな部下の官僚の言いなりになるだけでしょう。危機に際しては、部下とともにどうしてよいか佇んでしまうでしょう。尾花市長のような立派な市長を賢明な和歌山市民が選ばれんことを期待します。